第2話 軍人と狩人
昨日も一昨日も大雨だったが今日は快晴、いい天気だ。
そう思って空を見上げ男は紫煙をくゆらせる。
40頃の年の男が煙草をふかしながらメルザース郊外にある一軒の家に入っていく。
入口だけでなく周囲には男と同じく軍に所属する者が何人かいる。
男が入った家の中には男の部下数人と、血が染み付いた床板、手と首が切断された遺体。
何者かに殺されたと見られる遺体。
だが争った形跡のようなものはまるで見当たらなかった。
男が入ってきたことに気付いた男の部下、ベンナーが挨拶をしてきた。
「お疲れ様です。バルト隊長」
「おう、ベンナーおはようさん。で、なんかわかったことは?」
「現場を見るに被害者が金庫を持って逃げようとしたところで殺された、って感じですね。金庫にこじ開けた跡が残って中身は空でした。一応、金庫は解析班に出してますが、今のところは強盗の線が濃いかと思われます」
「農夫が強盗にねぇ…。それも気になるが、強盗にしちゃあ争った形跡がねぇのは気になるな」
「そうですね。争わずに地下室に金庫があることを教えたあと後ろからスッパリ、って感じですかね?」
「その可能性もあるなぁ。しっかし綺麗に切られてんなぁ。凶器は剣か?」
「おそらくは。剣なら相当な技量ですよこれは」
「そうだな…。あるとしたら恐ろしく腕が立つ剣士か、もしくは魔法士か…いや、どっちにしろよく分かんねぇな。そんなやつらが強盗なんてせこい真似するか?士官すりゃいいだけだろ」
バルトがそう言うと同時に外から別の部下、イグルが入ってきた。
「バルト隊長、お疲れ様です」
「おう。で、どうだった?」
「第一発見者からの聞き込みから被害者はヴルスト、この家に住んでいる人間で間違いありません。被害者は農夫でこの辺りに畑があるようです。第一発見者は隣の住人、ヘイズ。今日の早朝畑仕事に出たもののいつまでも出てこない被害者の様子を見に家に来て死体を発見、軍に報告したとのことです」
「第一発見者と被害者の関係性は?」
「関係は良好、酒を飲みにお互いの家に行くような仲であるとのことでした」
「そいつぁ気の毒だな。他の住民からの情報はどうだ?」
「ヘイズの証言通り、2人の中は良好でそれ以外の住民とも特にトラブルがあったというのは今のところ入ってきていません」
「周囲の状況は?」
「一昨日からの大雨で流されたのか、足跡等は見付かっていません。ただ一昨日の夜中に馬が駆けていくような音が聞こえた気がする、との証言があります」
「なるほどなぁ…。となるとやっぱ強盗の線が濃いってのは間違いなさそうだな。それで捜査を進めるぞ」
「「はい!」」
部下にそう告げてバルトは家を出る。
これは骨が折れそうだなと思いながら。
ミルトシアという国は大陸のほぼ中央に位置し広大な領土を持つ大国である。
そんな領土の広さを武器に多くの森や山、平地を活かした一次産業で栄えており、別名緑の国とも呼ばれている。
そのミルトシア東部の要衝がマイヤー辺境伯領のメルザースだ。
そんなメルザースから南へ少し離れた場所にある森の中。
カサカサと風に揺られた草木の音を切り裂くように矢が飛んで鳥の頭を撃ち抜いた。
矢が飛んできた方向の木の上には黒髪の青年がいた。
青年はまるで当たって当然だといった様子で静かに木から降りて仕留めた鳥へと歩く。
別の木の陰から青髪で長身の男が現れ黒髪の青年へと話しかけた。
「うまいものだな」
声をかけられた青年、タンゴは快活そうな笑顔を浮かべ腰から取りだしたナイフで仕留めた鳥の首をはねながら答える。
「ラウルも弓練習したらいいのにー。そしたらもっと狩りも楽になるよ?」
「前にも言ったが俺にはまるで向いていない。それに俺にはこいつがある」
そう言って青髪の男、ラウルは腰の剣を軽く叩く。
「ぐ、魔獣狩りの時はいつも前に出てくれてるし言い返せない…」
「通常の狩りはお前、魔獣狩りは俺。それで十分だろう?」
「十分だけどさー。急にファングウルフの群れとか来たらさすがにきついでしょ?」
「大丈夫だ。どうにでもなる」
「えぇ…?ファングウルフの群れって50頭くらいはいるはずなんだけどな…?」
困惑しつつも鳥の血抜きを済ませたあと羽をむしってから足を縛って腰に括り付ける。
腰に括り付けられた首なしの鳥は今のを合わせて3羽になった。
「それで、どうする?そろそろ戻る?」
日の傾きと影とを見ながら話すタンゴ。
時刻としては午後3時に差し掛かるところ。
街までは歩いて2時間弱。
帰る頃には夕暮れ時だろう。
「そうだな。締め出されるのは面倒だ」
「よーし!じゃあサッと帰ってご飯にしよう!」
言うが早いかタンゴは森の出口目掛けて歩き出した。
ラウルもそれに続く。
森といってもそう深くまで来たわけではなく2人は大した時間を使わずに森を抜けた。
森を抜けた先にあるのは広い草原と街道。
街道を辿っていくと農地や牧場、家があり、さらに行くと大きな壁がある。
その壁の内側にメルザースの街はある。
2人は大した運動ではないといわんばかりに軽い足取りで街道を歩く。
農地に近付くにつれ普段と違う様子が見えた。
街道を歩く2人に一人の馬に乗った男が近付いてきた。
馬上の男、イグルは2人に声を掛けた。
「そこの2人、少し止まれ」
少し高圧的にも感じられる声掛けに2人は足を止め、タンゴが答える。
「なんでしょうか」
「お前達はあまり見ない顔だが、メルザースの住民か?」
「いいえ、俺達は狩りをしながら旅をしている者です。失礼ですが、そちらは?」
「旅人か…。私は辺境伯軍の人間だ。お前達、名前は?」
イグルからの問いにタンゴが答える。
「俺はタンゴで、こっちがラウルです」
「そうか。後で出入り記録で照会させてもらう。ところでラウルといったか、狩りに剣を使うのか?あまり聞いたことがないが」
「ああ。時折出てくる魔獣相手に使う」
ラウルからの返答を聞いたイグルの眉がピクリと動いた。
魔獣というのは通常の獣ではない。
獣と違い繁殖能力を持たず、発生原因も未だ解明されていない。
また個として発生する種と群れで発生する種がおり当たり前だが群れの脅威度の方が高い。
だがそれよりも特筆すべき獣との大きな違いが人間と同じく魔力を持つという点だ。
魔力はそれだけで肉体を強化する。魔獣は体内に魔力を発する魔石と呼ばれる器官を持ち、それによって優れた身体能力を発揮する。
また、強力な個体であれば魔法を使う種も存在する。
イグルの目の前にいるこの男達はそんな魔獣を狩ると言ったのだ。
それは相応に腕が立つという事。この事件の犯人は腕の立つ剣士か魔法士という見解が出ている。
つまり目の前の男は犯人像と一致する。
「魔獣狩りもするのか?とすれば腕は立つと考えるが、どうだ」
「それなりだな」
「ほう。では聞くが昨日、一昨日には何をしていた?」
「不躾だな。まるで俺たちが何かをしたと言いたげだな?」
「ちょっ、ラウル!」
「そうだ。その疑いをはらすために質問をしている」
ラウルが不機嫌そうに返した言葉に冷静に答えるイグル。
2人は思わずといった顔でイグルの顔を見た。
「それは、いえ、俺達は昨日も一昨日も大雨だったので街の中にいました。朝昼晩とそれぞれ宿の酒場で食事したので宿の主人に聞いてもらえれば分かると思います」
「そうか。では一応所持品の確認をしたいが、いいか」
「わかりました」
タンゴがそう答え、所持品を見せていく。
腰に括り付けられた鳥以外に持っている弓矢に財布、水の入った袋、携帯食の入った袋、括り付けるための縄。それから傷薬や解毒薬などのポーション類と街に入るための通行証。
ラウルも同じく所持品を見せる。
腰の剣以外はタンゴと同じもの。
2人ともそれ以外に何も持っていなかった。
「ふむ、特に怪しい物もなしか。すまなかったな、もういいぞ」
そう言ったがイグルは内心でまだこの2人を怪しんでいた。
青髪の男は剣士。
それに魔獣狩りをする程の手練。
黒髪の方は分からないが一緒にいるならこちらも魔獣を相手取れる力量はあるのだろう。
「いえ、それはいいんですが…。その、何があったんでしょうか?」
「ああ、詳しいことは話せんが、農夫が一人殺されてな。それの捜査だ」
「殺された…」
「ああ。…お前達も気を付けろよ」
「はい…」
とはいえ現状目の前の2人がなにかをした証拠もない。
まずはこの2人の発言の真偽を確かめる方が先だろう。
そう考えて、一応の忠告を残して街に向かった。
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