第6話『神聖婚儀の報せと絶望的な活路』
先祖の手記を読み終えた私たちの間に、重い沈黙が流れた。
『囁きの花嫁』。リリアという聖女の皮を被った、国を喰らう捕食者。
そして、それと戦う宿命を負ったヴァロワ家の血。
あまりにも壮大で荒唐無稽な話だ。だが、現実に起きている惨状が、それが真実だと物語っていた。
「だとしたら、エリアーナ様が断罪され、王都から引き離されたのも……」
「ええ。邪魔だったのでしょうね」
私は乾いた声で答えた。
『囁きの花嫁』にとって、天敵であるヴァロワ家の人間が力の中心である王太子の隣にいるのは都合が悪かったに違いない。
リリアはセオドアを操り、私を辺境に追いやることで障害を排除したのだ。
その時だった。
コンコン、と書庫の外の扉をノックする音が響いた。
慌てて手記を隠し、ジュリアンと身構える。入ってきたのは、虚ろな目をした執事だった。
「エリアーナ様。王都より、急ぎの報せが」
彼が差し出した手紙を受け取り、封を切る。
差出人はまたしても父だったが、その内容はこれまでで最も狂気に満ち、私たちを絶望させるものだった。
『吉報である! 来月、満月の夜に、セオドア・アステリア王太子殿下と、聖女リリア様との「神聖婚儀」が、大聖堂にて執り行われることが決定した! これは、我が国の永遠の繁栄を約束する、偉大なる儀式となるだろう!』
神聖婚儀。
先祖の手記にあった、忌まわしい儀式の名前。
それは『囁きの花嫁』がこの国に完全に根を張り、国全体を喰らい尽くすための最終段階を意味する。
「なんてことだ……」ジュリアンが呻く。「残された時間は、一ヶ月もない」
儀式が執り行われれば、もう手遅れだ。
王都の、いや、この国の全ての人間が幸福な幻覚の中で魂を喰われ、生ける屍と化すだろう。
それを止めるには、儀式を阻止するしかない。
私たちは再び先祖の手記に目を落とした。そこには、かろうじて対抗策が記されていた。
『「囁きの花嫁」を滅するには、それが宿主と深く結びつく儀式の最中に、魂ごと引き剥がす他ない。対抗儀式には、三つの要素が必要となる』
『一つ、ヴァロワの血を引く者の、魂の力』
『一つ、穢れの影響を受けていない、清浄な魔力』
『一つ、「囁きの花嫁」が宿主と繋がるための「媒介物」』
読み終えて、私たちは顔を見合わせた。
一つ目、ヴァロワの血を引く者。それは紛れもなく私、エリアーナのことだ。
二つ目、穢れの影響を受けていない清浄な魔力。特殊な体質で呪いを寄せ付けないジュリアンが、その条件を満たしている。
問題は、三つ目だ。「媒介物」。
『囁きの花嫁』がリリアという器に寄生し、さらにセオドアを介してこの国に根を張るために使っている、楔のようなもの。
「心当たりはありますか?」とジュリアンが問う。
私は、断罪された日の光景を思い出した。
セオドアがリリアに贈ったとされる数々の宝飾品。その中でも、リリアがいつも身につけていたもの……。
「……ペンダントよ。リリアがセオドア様から贈られたと自慢していた、大きな青い宝石のついたペンダント。彼女は、それを片時も離さなかった」
「それが『媒介物』である可能性は高いですね」
活路は見えた。だが、それはあまりにも細く、険しい道だった。
儀式が行われる王都の大聖堂に忍び込み、リリアが身につけているであろうペンダントを奪い、対抗儀式を行う。
呪いに汚染された狂信者だらけの王都で、そんなことが可能なのだろうか。
「危険すぎます」ジュリアンは言った。「ですが、これしか方法がない」
彼の紫色の瞳が、強い決意を宿して私を見つめる。
「エリアーナ様。私は、あなたと共に行きます」
「……ええ」
私は固くうなずいた。
もう、逃げることはできない。
これは、私が戦わなければならない、私の物語なのだから。
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