承 長距離弓兵

 馬鹿な!

 世界に7人しか居ない『聖女』を、冒険にだと!

 ありえない! そもそもわが国の『守護の聖女』は国防の要! 力が衰退したとはいえ――!

 というか、聖女様は何の訓練も受けていない、加護がなければ普通の少女ですぞ!

 そうだ、整備されていない厳しい北の大地を、野宿を繰り返して地獄の穴まで冒険など……!






†††






「行きます。やります。わたし」

「はぁ!?」


 わたしは、耐えられなかった。毎日毎日、無力感に苛まれて。申し訳なくて。

 このまま、わたしだけ安全に暮らして。お務めも果たせないのに。

 わたしの子供は、もっと弱い力になるかもしれない。そうなったら。『聖女』に求心力がなくなったら。

 わたしは怖かった。だから。

 勇気を出して。冒険も魔物も怖いけど。






†††






「おう。あんたがマスターの言ってた、新しい盾兵タンクだな?」

「う……。はい」


 お城を出て。ギルドマスターさんに連れられて、勇者ギルドへやってきました。目と鼻の先に、街の出口。つまり人間界と魔界の境界線が見えます。

 巨大な施設。レストランやホテル、アイテムショップなんかが内包された建物。その、レストランの中の一席に、彼は居ました。


「俺は弓兵アーチャーだ」

「アーチャー……」


 夜に融けるような艶めく黒髪を短く切った男性。自信が窺える表情と、距離の近い会話。


「あの。わたし、勇者や冒険のこと何も分からなくて」

「ああ、聞いてるよ。『守護の聖女』。確かに、俺好みだ」

「へっ?」


 彼はわたしをジロジロと見てくるんです。


「派手な髪。キラキラのドレス。滅茶苦茶目立つぜ。なんか良い匂いもするし、完璧だな」

「な、何がですか……?」


 最後に、ばちりと目を合わせて。


「完璧な『オトリ』だ」

「えっ」

「うん。こりゃ魔界へ出た瞬間から魔物達がうようよ寄ってくるぞ。腕が鳴るぜ〜」


 お、オトリ……。

 わたしをオトリにして、魔物討伐を?


「だってあんた、『魔物や魔族の攻撃を一切通さない』んだろ?」

「…………ええまあ……」


 まあ……。

 確かに……。






†††






 聞いた所によると。

 通常、勇者パーティは、盾兵タンクが前衛で敵を引き付け、戦士ファイター弓兵アーチャーが仕留めます。これが基本。後衛とはいえ弓兵アーチャーは皆の視界には入っていて、誤射を防いだり連携して仕留めたりします。


「俺は『長距離』専門の弓兵アーチャーなんだ。訓練してな。だから今まで組んでくれる勇者が居なくて困ってたんだ」


 次の日のことです。わたしの加護の確認と連携について諸々試そうということで、街の外にやってきました。


「んじゃ、よろしく」

「えっ。わたしはどうすれば」

「適当に襲われてくれ」

「えっ」


 街の外。一応まだ、人類圏です。少しずつ守りながら、お母さまお祖母さま達のお陰で、領土を拡大してきました。向こうには小さな集落までできました。取り敢えず、そこまで行ってみましょう。

 振り返るともう、彼の姿はありませんでした。どこへ行ったのか。全く。


 しばらく、原っぱが続きます。隠れそうな木はまばらに生えていて。見晴らしが良いから、魔物が出たらすぐに分かりそうです。


 そのまま集落まで到着して、さらに北上。完全に未開の森へと足を踏み入れて……。


「ギャーー! めすノ匂イダア!」

「きゃっ!」


 出ました。魔物。人も動物も住めなくなった魔界の地に蔓延る地獄の動物。豚のような頭に、痩せたおじさんのような身体。毛がちょびっと生えている灰色の肌。大きな口から牙が見えて、ヨダレを撒き散らしながら、森の木々を掻き分けて飛び出してきました。


「ガアッ!」


 半径、2メートル。わたしの『加護』の球体は全ての魔の物を通さない。それだけじゃない。その勢いそのまま、跳ね返る。魔物は鼻がひしゃげて、牙を折った。

 血が噴き出る。初めて見る、血……。


「ナンダコレハッ!!」

「!」


 恐怖で動けなかったけれど。

 次の瞬間、魔物のこめかみに、1本の矢が突き刺さりました。

 即死。ばたりと倒れて、動かなくなりました。


「……弓兵アーチャーさん?」


 辺りを見回して、呼びかけます。けれど、返事はありません。それほど遠くなのか。


「ギャー! めすダめすダァ!」

「ギャーギャー! オンナァ!」

「きゃぁ!」


 考えている暇はありません。次々に魔物が現れます。今度は2匹。


「ギャーー!」

「グオオッ!」


 同じように飛び付いてきて、『加護』に弾かれます。


「!」


 そして、射殺。綺麗に2匹分。きっちりこめかみから脳を貫通させて。


「…………凄い……!」


 わたしは。


「ギャギャー!」

「ギャーーーー!!」


 彼の腕前を尊敬したけど。

 やっぱり恐怖が勝ちました。






†††






「いやぁーー……。思ってた8倍はやばかったな」


 集落の空き家に泊めてもらうことになりました。以前に旅立った先輩勇者さんが守ってきた集落らしく、わたし達も歓迎されて。寝床だけでなく食べ物まで恵んでもらいました。


「わたし、本当に突っ立ってるだけでした」

「本当、笑っちまうよな。今日で魔物討伐数175体だ。今までの分、もう取り返しちまった」


 あの後。

 彼の矢が尽きるまで、『あれ』が続きました。森の入口には魔物の死体が山積みになって。今、国軍の兵士さん達が夜通しで処理しているみたいです。国境近くであれば、そういうこともしてくれるんだとか。

 魔物は最終的に、わたしに近づいて来なくなりました。

 射手を探そうとする動きもしてましたが、結局彼は誰にも見つけられませんでした。


「完璧だよ。聖女さん。俺達最強の勇者パーティになれるぜ」

「……あなたほどの名手なら、これまでも引く手数多だったのでは?」

「んなことねえよ。離れればそれだけ連携は取りづらくなる。俺の『狙撃』は味方を巻き込む危険性があるんだ。だから、巻き込まれようが問題なく無傷なあんたが最高のパートナーなのさ」

「なるほど……」


 わたしは。

 国の偉い人を振り切って無理矢理勇者になりました。けれど、最終的に行かせてくれたのは、やっぱり『加護』の力が弱いから。わたしひとり、今国を出ても防衛に影響しないから。

 だから。


「わたしも、『守護』だけじゃ敵を倒せません。あなたのお陰で、勇者になれましたね」

「嬉しいこと言ってくれるね。んじゃ、初戦大勝利を祝って、乾杯!」

「か、かんぱーい!」


 まだ、ドキドキしてる。恐怖を紛らわすように。

 乾杯。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る