じゅんぶんがく

@Kinoshitataiti

談義1 完璧な完璧主義者

 完璧な完璧主義者など存在しない。

 何故ならこの世の中を完璧に知っている者など存在しないからだ。


 自分で完璧等と宣っている者は、結局のところ自分の世界にある完璧をなぞっているに過ぎない。

 テストの100点は全知全能ではないし、ゴールド免許は安全運転の証ではない。


 ここに一人の完璧主義者がいた。

 男の名をモルジと言う。


 男は常々、完璧でありたいと願ってきた。

 誰からも称賛され、誰からも愛され、誰からも肯定される。そんな完璧な人間に。


 彼はヨーロッパの平凡な村の生まれで、敬虔なクリスチャンであった。

 彼はその昔、イエス・キリストこそ完璧な人間なのだと考えた。


 隣人に手を差し伸べ、教会に足繁く通い、貧乏人にはパンを、不埒者には罰を与えた。

 村の誰もが彼を称賛した。


 彼こそ完璧な人間なのだと。

 イエス・キリストと同じ様に、彼を愛さない者はどこにも居ないと。


 彼は満足だった。


 しかしそれは間違いであった。

 一度ヨーロッパを離れれば、イエス・キリストはその絵を踏みつけにされ、果てにはそれらを信じる者たちは迫害されていた。


 イエス・キリストでさえ、完璧ではなかった。


 また、彼はその国で捕らえられ、処刑台に登らされる寸前までいったという。


「正に、信仰の崩れ落ちる瞬間だった。だがこれこそが殉教なのだと思う心も湧いてこなかった。結局、俺は故郷で聖書を読むのが完璧とされていたから、それをなぞっていただけだったのだ」


 翌年。彼は自室で首を吊った。

 村の者たちは噂する。


 あぁ、自死は禁じられた行為であるのに……彼もまた、完璧では無かったらしい。

 完璧主義者のモルジは、不完全のままこの世を去った。


「モルジは一体どうなったの?」


 ふと、そんな言葉が店先から聞こえてきた。

 どうやら新しい聴者が現れたようだ。


 だが、どうなったのかという疑問は少し間違っている。

 彼は既に死んだのだ。その先は無い。


 それとも、異世界に転生したとか、新たな命を与えられやり直しに身を投じる事になったとか、イエス・キリストと対話し改心して自ら地獄に落ちたとか、そんな続きを期待したのだろうか。


「それではモルジの物語にはならない。心が踊らない。イエス・キリストの話をするのなら、神については語らないのか」


 神もまた完璧ではない。

 ノアの大洪水は失敗だった。明らかに動物の数が少ないから。


「あれはお伽話だ」


 この世にお伽話ではない物など存在しない。

 地震が地面の歪みによって起こされるのだと、誰が知っていただろうか。


「地震は鯰が起こすものだ。貴方の言うことは間違っている」


 これは失敬した。

 しかしその論法は感心しない。論点からズレて、私の間違いのみを指摘しようと躍起になるのなら……それは口論にすらなっていないのだ。


 どうか理性的な反論を期待する。


「意外な展開はないの?」


 モルジは死んだ。

 完璧を願った男は村の中で不完全に死んだのだ。

 これが意外な展開で無いと言うのならなんであろうか。


 人は自分が思い描く完璧に沿って、生きているのであろうに。

 そうしてモルジは完璧に死んだと言うのに、君や村人は彼の死を不完全だと罵ったのだ。


「死は完璧ではない」


 死を肯定する女神は存在する。

 故に、死もまた完璧な終わり方だ。


 それとも、完璧主義者は不老不死にでもなるべきだと言うのかね。

 それこそ不完全だ。

 完璧な人間であるならば最後には死ぬべきだ。死なない人間は、完璧な人間とは言えない。


「では完璧な人間の定義とは?」


 難しい問いだ。しかし完璧な人間など存在しないと宣うのなら、確かにそこに答えが無ければならないだろう。

 それではこうしよう。


 この世に存在しない人間こそ、完璧なのだ。


 完璧な人間がこの世の中に存在しないのなら、逆説的にこの世に存在しない人間は完璧であろう。


「では、モルジは完璧な完璧主義者になったのでは?」


 この世の者では無い以上、既に彼は思考出来ない。

 故に完璧主義者ではない。


「霊の存在は認めるの?」


 死人は霊ではない。

 生者が完璧ではないように。


 おぉ、前述の死なない人間は完璧では無いという言葉と繋がるな。

 生者である以上完璧になれないのだから、つまり不老不死は完璧ではないのだ。

 なるほど、答えはここにあった。


「完璧主義者は皆首を括るべき?」


 君はどうしても完璧主義者を殺したいらしい。

 人の死を願うなど、今時赤ちゃんでもやらない。


 不謹慎だ。


「ごめんなさい」


 すまない、責めるつもりは無かった。

 口論とはかくあるべきだ。


 私は口論に完璧を求めない。不謹慎こそ、口論の真髄であるが故に。


「それは口喧嘩じゃない?」


 もう調子を取り戻したらしい。

 だが、少々口喧嘩に傾いていたのも確かだ。


 これもまた、生者が完璧になれない証拠だな。


「そもそも貴方の話は矛盾だらけだけれど」


「分からないな。そもそも、君は俺が完璧でないなどと、どうやって判断しているのだね?」

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