第3話 黒猫フラペチーノ

マイタンブラーを持参して、eギフトでフラペチーノを飲む。

それが、彼女の“スタバの日”の過ごし方だった。

新作をオーダーし、写真を撮り、掲示板に投稿する。

彼女にとって、それは心が浮き立つ儀式だった。


けれど、今月は違う。

少し前、主婦らしからぬ自慢めいた書き込みがきっかけで、

積み重ねてきた“設定”がほころびた。

以来、彼女は沈黙している。


今回の新作は、アサイーベリー・フラペチーノ。

黒猫の耳型チョコがハロウィンシーズンを彩っている。

その見た目は完璧に“映える”。

もちろん彼女は、飛びついた。


インスタの画面では、キラキラした若い女性たちが笑顔で黒猫フラペチーノを掲げている。

フォロワーの数も、“いいね”の数も、桁が違う。

顔を出せない地方の主婦の投稿など、誰の目にも留まらない。


それでも、自慢したい。

だからあの掲示板に投稿したい。

彼女はそこで、健康で、意識が高く、新作をいち早く味わう自分を見せるのが好きだった。

羨ましがられる場所は、そこにしかなかった。


黒猫フラペチーノを前に、彼女はスマホを構えた。

Starbucksのロゴが入るように、少し角度を変えて何枚も撮り直す。

水滴が垂れるまで続くその儀式はいつもより楽しくはなかった。


掲示板の噂も、ようやく収まってきた。

でも、沈黙していたあいだも悔しさは消えていない。

このまま黙っていたら、“何か”がまずくて黙っていると思われる。

そんなふうに思われるのが一番腹立たしい。


だから——何事もなかったように戻る。

まるで掲示板の動向なんて気にも留めてなかったように。

恒例の新作フラペチーノの話題なら、ちょうどいい。

新作発売から数日遅れで出せば“余裕”にも見える。


彼女はコメントを打ち始めた。

『黒猫フラペチーノ♡ おいしかった〜

黒猫ちゃん🐈‍⬛が隠れてるみたい』

最後に笑顔の絵文字もつけて、もう一度見直す。


画面を見つめて、唇がわずかに上がる。


「みんな、待ってたでしょ?」


そう呟いて、投稿ボタンを押した。

そう、彼女に興味を持っている人は確かにいる。


みんな私が羨ましいんでしょう。

捏造? アク禁? 何のこと? 私は何にも悪くないのよ。

ただ少し忙しかっただけ。


——投稿完了。


いつものスレッドが更新される。

彼女はストローを挿して、やっとフラペチーノを一口飲む。

アサイーの甘ずっぱさが口いっぱいに広がった。


「やっぱり、これだよね」


スマホの画面には、フラペチーノと黒猫のシルエット。

いつもの場所に、いつもの彼女が戻っていた。

彼女は、もう何年も掲示板から離れたことはないのだ。

掲示板に住み着いた黒猫のように––––––

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黒猫フラペチーノ @Galko

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