精霊召喚

 「ゼノ。これより、お前の精霊召喚の儀を始める。覚悟は……良いな?」


「はい。お父様」

 

 精霊召喚。

 それはこの国、いや、人類にとって自分の人生を左右する最も大切な儀式と言っていい。

 魔法の源である精霊。それを召喚した上で契約を結び、そのお力を借りる。貴族ならば誰もが行うべき道、である。


「ふぅ」


 そんな大事であるからこそ、家としての入れ込み用もかなりのものとなっている。

 息の詰まるような空間の中で、僕は息を吐く。


 天蓋のない石造りの大広間の中、辺りを見渡せば重く湿った空気の中に、蝋燭の炎が揺らめいているのが確認できる。また、壁に刻まれた文字が、青白く微光を放ちながら生き物のように蠢く。

 中央には、円形の召喚陣。

 幾重にも重ねられた幾何学模様が、黒い石床の上に幼少期からちょっとずつ溜めてきた僕の血で描かれていた。


 ギャラリーの数も多い。

 王都から戻ってきた両親に我が家へと仕える騎士たち。僕が無理を言って連れてきた爺やと。

 その他には王都の方から王配を筆頭に多くの有力者が詰めかけている。

 失敗は許されない───そんな、雰囲気が漂っている。


「(……この、雰囲気は飲まれるな)」

 

 ゼノとしてここに立つ僕は内心で苦笑する。

 精霊召喚の儀。

 それはこれまで神童として育ち、天狗の鼻を伸ばしに伸ばしていたゼノ。

 そんな彼の最初の挫折点がここであり、この件を機にただ傲慢で生意気なだけのガキが歪んでいくのだ。幼少期に起きたただ、一度の失敗でそう永遠に歪み続けるな、とゲームをしていた時は思ったものだが、実際にこの場へと立てばわかる。

 失敗できない。その思いが。

 そして、期待に応えられなかったときのことが。


「(今日は、大丈夫)」


 だが、恐れる必要はない。

 成功できる。その、確信が僕にはあった。


「これより、精霊召喚の儀を開始する。ゼノよ。檀上へ」


「はい」


 お父様の言葉に頷き、僕はゆっくりと私は召喚陣の中心に向かう。

 足元に描かれた召喚陣は僕が近づくほど強く、脈打つように光を帯びていく。空気が震え、静寂が押し寄せた。冷たい石床の感触が、靴底越しに伝わるたびに、胸の奥で心臓がひとつ、ふたつと鼓動を強まっていくのを感じる。


「はぁ」

 

 中心に立った僕は息を整え、その場で膝をついて祈りを捧げる態勢を取って目を瞑る。


「───我が意に答えよ」


 何世代もかけて洗練されてきた精霊召喚の魔法。

 その真髄とも言えるごくわずかな、たった一言の詠唱を僕は口にする。


 その瞬間、風が走った。

 

 閉じた瞼の裏に、光が差し込む。暗闇のはずの世界が、まるで夜明けのように満たされていく。まぶしいのに、痛くはない。

 

「(……これが)」


 魔力の濁流だ。

 魔力の流れ、世界に流れる魔力そのもの。魔力の光。

 その膨大で、強大な光に閉じた瞼を焼かれる僕は、その光の中でもなお別に輝く幾重もの光を見る。

 

「(……精霊)」


 その、数多ある光こそがこの世界の管理者たる精霊だ。

 僕は精霊を呼び、その呼び声に伴って僕は精霊たちの住まう世界へと招待され、多くの精霊たちに囲まれた───だが、その精霊たちの中で、僕の元へと駆け寄ってきてくれるものはいなかった。


「(これが、ゼノの見た世界か)」


 これこそがゲームのゼノが見た世界だ。

 この後、ゼノは何も出来ず、何も為せず、近くにまで来た精霊たちが自分の元から離れるまでただ祈りを捧げ続け───結果、ゼノは精霊召喚の儀に失敗した。

 これは何も、ゼノに魅力がなかったわけではない。

 その結果は、その真逆。

 人類の中でもトップの量と質を誇る魔力に魅入られた精霊たちはゼノの周りに集まり、そして、その精霊たちの誰もがゼノと契約しようと互いを牽制し合った。

 人が契約を結べるのは一柱の精霊だけ。

 どの精霊もゼノとの契約を望みながら、どの精霊も周りを出し抜いて契約を勝ち取ることは出来ずに諦めて離れていった───それが事の顛末であったと運営が語っていた。


『そうだな……』

 

 人の想像の範疇でおよびつかないようなその事態を、事実として僕は知れてしまっている。だからこそ、この場で何をすればいいかもわかる。


『僕は貴方が良い。僕の呼ぶ声に答えてくれるかい?闇の大精霊、キュリテ』


 精霊たちが互いにけん制し合っているというのなら、こちらから動けばいい。

 己の膨大な魔力を波打たせながら一体の精霊の名を呼ぶ。

 プレイヤーとして上から見ていた中で、最も有用だと判断した精霊の名前を。


『あら、私?』


 僕の声に答え、一つの光がこちらへと近づいてくる。


『あなたのような色男にお呼ばれされちゃうなんていいことがあるものね』


『僕と共に来てくれる?』


 そんなキュリテへと僕はただ自分の手を伸ばすのではなく、己の膨大な魔力で手を形取らせながら彼女の方に伸ばす。


『もちろん。貴方程の魔力の持ち主なら喜んで』


 キュリテはその手を取り、膨大な魔力がこの場に舞い降りる。


「……ッ!?」


「せ、精霊様!?」


「人の、形を、……?」


 閉じていた瞼を開け、上を見上げれば、そこには光り輝く闇のドレスを身にまとった絶世の美女が天より舞い降りてきていた。


「───貴方と共にあらんことを」


 その美女が、闇の大精霊キュリテの手が僕へと触れた瞬間に彼女の体が光へと変わって自分の体の中に流れ込んでくる。

 これで、契約はなった。


「アリナ。魔力の流れは掴めたか?」


 精霊召喚の儀はこれにて無事に終わった。

 空間を震わせるほどの魔力が残る中、僕はうしろへと振り返ってアリナの方へと笑いかけた。



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