第7章
事件解決からしばらくした週末の朝、澄み切った空気の中、鈴香は自室の机に向かい、真剣な顔でパソコンと格闘していた。
「お嬢様、ご報告です」
綾音が、トレーを抱えて静かに入ってくる。
鈴香はパソコンの画面からちらりと視線を上げた。
「ちょっと待って。今いいところなの」
鈴香は画面から視線を上げずに告げた。
画面には先日の事件の記録と考察がびっしりと入力されている。
「せっかくの推理の成果、忘れないうちに書いておかなくっちゃ」
綾音は少し時間を空けてから、静かに報告する。
「旦那様が、限定プリン第2弾を学園の全生徒と全教職員に配布されるそうです」
鈴香は思わず手を止め、目を見開いた。
「……はあっ!?」
鈴香は思わず声を上げ、机の上で指先を軽く揉んだ。驚きと、どうしようもない呆れが胸の中に湧き上がるのを感じた。
綾音は落ち着いた声で続ける。
「プリンを巡る騒動が旦那様のお耳に入りまして、被害者と美術の先生へのお見舞い、関係者への感謝を込めて、月岡様も含めて特別にご用意されるとのことです」
鈴香は額に手をあて、深くため息をつく。父のやり方はいつも派手すぎて、自分の努力をかき消してしまう気がする。
だが、綾音の柔らかな微笑みを通して生徒たちの喜ぶ顔を想像すると、穏やかな気持ちがこみ上げてきた。
「……そう。ならいいわ」
「もう一点。先日お嬢様が電話している間、私が颯太様にお話ししていたのは『お嬢様をどうぞよろしくお願いいたします』ということだけですので、ご心配なく」
綾音の言葉に、鈴香はふんっと小さく鼻を鳴らした。
「……べつに、気にしてなんかいないわ」
鈴香は、平然とした声で言い放ったが、胸の中で何かつかえていたものが溶けていくのを感じた。
(と、とにかく、わたしは、お父様とは違うことを証明してみせる)
――そんな思いが、鈴香の胸に静かに広がった。
放課後の学園には、初夏らしい明るさが満ちていた。 校庭からは運動部の掛け声が響き、緑を濃くした木々が風に揺れている。
鈴香は、その空気の中で一通の手紙を開いた。上質な封筒に、丁寧な文字でこう綴られている。
「あなたの推理は見事でした。ぜひ、私たちの事件も解決していただけませんか?」
差出人は、近隣の高校の生徒だった。
鈴香は手紙を読み終えると、口元を緩ませ、不敵に笑みを浮かべた。
「ふふふ……わたしの探偵活動は、これからが本番よ!」
颯太の方を振り返り、勝ち誇ったように言い放つ。
――もう二度と退屈に囚われることはない。
その確信が、鈴香の胸の奥で確かな光を放っていた。
「ねえ颯太、もちろんあなたも手伝ってくれるわよね? だって、あなたは最高の相棒なんだから!」
「……相棒じゃねえ」
颯太はぶっきらぼうに返した。だが、その口元はわずかにほころんでいた。
こうして、神戸鈴香の探偵活動は、静かに、しかし確かにその幕を開けたのだった。
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