魔法使いと星の王

@mizmanju

前編

"イルリア・カヒカ"。別名、白の星。

ここに住む、我ら光の一族は、もう100年も前から種の存続が危ぶまれていたが、とうとうここへ来て、危機的状況に追い込まれている。もうあと10年もすれば、星もろとも絶滅は免れないだろうというのが、王である父の見解だ。この20年余りで、俺たちの星に光を届けていた小さな星々が立て続けに消滅し、かつて、暖かくまばゆい光に満ちていた故郷は、薄暗く、寒々しい世界へと姿を変えてしまった。

光の一族というのは、ヒトの様相を成してはいるが、祖先のとある子供が、流れ星の洗礼を受けて以降、ヒトの身体としての機能はほとんど不要なものとなった、と伝えられている。動物のような繁殖行為は無く、体から放出される光の糸を絡め合い、粒子の相性が良ければ、光の玉が出来上がる。そしてその中で子供が育つのである。


そうして繰り返されてきた種の営みであるが、ここ数年の著しい気温の低下により、一族の体には異変が起きていた。体温を温存するために、外へ放出できる光の量が随分少なくなってしまったのだ。体から十分な光を放出できない若者が増え、つまり、子供ができなくなっているという。


そんな一大事に、種を存続させる方法を見つけ出すよう、父の命令で銀河を飛び回っているのが他でもない俺というわけだが、、無限にある星の大半はゴミの塊で、とても移住など出来やしない。逆を言えば、住めるような星にはすでに別の生命体が文明を発達させているので、共存は現実的ではない。


あまり一日に多くの星を移動すると、光の一族とは言え少々身体にこたえるので、今日はこれで最後にしておこうと、透き通った紫色に輝く惑星に立ち寄った。

上空から徐々に海辺に下降していくと、紫色に見えていたのは海の底に沈むクリスタルであることに気付く。とても美しい景色に思わず息をのんだが、ここへ来た理由を思い出すと呑気に感動している場合でもない。こんなに綺麗な星ならば別の生命体が暮らしているのはもはや確定だ。

酸素もあるようだし、他の星から受ける引力の影響も適度で、辺りに誰も見当たらないのが不思議なぐらいだったが、俺は首を傾げつつ、遠くに見える洞窟へと意識を飛ばした。粒子でできている俺たちの体は地面を歩かずとも、見える範囲であれば流れるように移動できる。


洞窟へ入ると、ぼんやりと辺りが明るくなった。これも我ら一族の特徴の一つで、体から放たれる光の力は、弱めることはできてもゼロにはできない。光を失う時、それはすなわち死を意味する。まだ見ぬ先客を触発することのないよう、俺は光を最小限まで弱め、少しずつ進んでいった。

自分の周囲はよく見えるが、手の届く範囲以外は暗く、静まり返っている。そんな、恐怖すらおぼえる暗闇で息を殺し浮遊していると、突然ハッと息を止める音が間近に聞こえて、俺も釣られて動きを止めた。


『…誰?』

「……白の星から来た。武器は持っていない。話を…聞かせてくれ」


明らかに不審がっている様子の声の主に、俺は戦闘の意思がないことを伝えた。声の聞こえる場所から何歩か後ずさり、闇の中を見つめる。


牽制し合うような空気の中、徐々に姿を現したのは、黒いローブに身を包んだ人間だった。背丈は自分と同じぐらいだが、顔はほとんど布に覆われていて性別や年齢は定かではない。手に持った籠には色とりどりのクリスタルが採取されているようだ。


「こんなところに、何の用?」


警戒しながらも、ローブの隙間からこちらへ視線を上げたその人物。目が合うと、まるで火がついたように俺の体は熱を持った。同時にあたりは閃光に包まれ、あまりの眩しさにここが洞窟であることを束の間忘れてしまうほどだった。


「ッ……!!」


目の前で翻るローブが俺の睫毛をかすめ、そこでようやく閃光の出どころが自分であることに気が付いた。慌てて深く息を吸い、光を弱める。


「わ、悪い…待ってくれ、今、消すからっ」

「眩しい……」

「すまない…」


光を抑えるのに必死になっていると、微かに笑われたような気がして顔をあげる。いつの間にかローブの頭巾を脱いでいたその人物は、俺を物珍しそうに眺めていた。


「何がおかしい」

「ふふ…白の星から来たって言うから、どんな凄い人が来たのかと思ったら…」

「…へ?」

「ちょっとイメージと違ったので」


俺が何か言うたびに、堪えられないという様子で肩を振るわせるその人。俺は仮にも星を代表して来ているというのに、初対面からこんなに笑われてしまっては格好がつかない…。ところで、、


「君、白の星を知ってるのか?」

「ええ。ここ何年かで、かなり様子は変わってしまったようですが。子供の頃、本で読んだことが」

「どんな話だ?」

「予言書に書かれていたんです。"光るダイヤモンドが、白の星へ渡る"と」

「予言書か…娯楽の一種だな。だいや…何とかって何だ?」

「ダイヤモンド。とても丈夫で、美しく輝く石だそうです。私も本物を見たことはないんですが」

「それが、白の星へ渡る?聞いたことがないな」

「予言書ですから、ただの作り話かと。詳しくは私も…」


丸く、幼い雰囲気の瞳が続きを思い出そうと宙を見つめていたが、記憶が途切れたところで、視線は足元へと落とされた。そして何かを思いついたように短く息を吐いたその人は、クリスタルの沢山入った籠を重たそうに持ち直し、脱いでいた頭巾を被った。


「もう行くのか…?待ってくれ、もう少し話を…」


会話を切り上げてどこかへ行こうとするその人を、何故だか俺は咄嗟に静止していた。


「話したいなら、うちで話しましょう」

「う、…うち?君の?」

「何か問題がありますか?」

「ごめん君って、、女?」


呆れたように目をくるりと回すと、俺を追い越し、ずんずんと歩みを進めながら言う。


「それ…私が女性だったら、とんだ失礼ですよ」

「え、あぁごめん」

「残念ながら男ですけど、それでもよければ」


その言葉を聞いて一気に緊張がほぐれた俺は、速足でその後ろ姿に追いついて、ローブに覆われた肩に腕を回した。


「なっ、なんですか…?!」

「男なら話しやすい」

「急に異星人に触れるなんて危機感のない人ですね」

「君だって、異星人をいきなり家に招くなんて危機感が足りないんじゃないか」

「私は魔ほ…」

「ん?」

「何でも無いです。とにかく…来るならご自由にどうぞ」


何か言いかけて、足早に歩いていく彼。この星で俺の目的が達成されるかはさておき、久しぶりに実のある話を出来そうな相手と出逢えて、今夜はいい夜になりそうだ。



───


彼のあとをしばらく着いていくと、洞窟の外側の、苔むした岩肌の前で立ち止まり、そこへ手をかざしながら突然小さな声で呟いた。


『サラサラ』


すると、黒く固い岩の壁が、ちょうど人が通れる程度の幅でサラサラと砂のように崩れ落ちた。その空間には濃い紫色の靄がかかっていて、向こう側は見えない。


「何をした…?」

「入ってください」

「き、君が先に入れ」

「…危機感もなければ意気地もないんですね」

「な…!…入るっ!そこをどけ」


短気なのは昔からである。俺はこの、掴みどころの無い男の手首を物理的に掴んで睨みつけると、傍へどかし、ひんやりとした靄の中へ一人で飛び込んだ。ぎゅっと瞑った瞼を恐る恐る開くと、……そこは美しい…森の中であった。


「へ…?」


目の前にある、所々に蔦の絡まった「家」のような建物は、独特のうねりのある形状で、まるで魔法使いでも住んでいそうな外観だ。ポカンと口を開けて眺めていると、少し遅れて後ろから来た彼に、肩で押しのけられて思わずよろける。


「どいてくれますか、そこ、入口なので」

「え?入口?」


『ふわふわ』


彼の口から再び、不思議な言葉が放たれると、目の前の白壁がふわりと綿に変わり、彼の言う「入口」がぽっかりと出来上がった。慣れた様子で入っていく背中越しに中を覗き込めば、小綺麗な生活空間が広がっていて、異星人のテリトリーだと言うのにどことなく安心感すら覚えた。

どうぞ、と促されるまま彼に続いて中へ入り、風変わりな小物が所狭しと置かれた部屋をしげしげと眺めた。


「珍しいですか?他の星の暮らしは」

「あぁ、うん。まぁ…見慣れない物は色々あるけど、居心地は悪くない」

「それならよかったです」


言いながら、何気なくローブを脱ぐ彼。急に警戒心を解かれたようで何故だかドギマギして、咄嗟に体の向きは変えながらも視線はそちらへ釘付けになる。濡れたようにウェーブした髪、蒼白い首筋、本当に男だろうかと疑いたくなるほどの華奢な体だ。そして暗い洞窟の中でもきらりと光っていた瞳…。目が合った時の衝撃を思い出し、無意識に唾を飲んでしまった自分に気付いて、ワシワシと頭を掻いた。


「何か話を聞きたいみたいですけど。まだ私、あなたの名前も聞いてません」

「あぁ…そうか。名前…俺はルースでいいよ。本名はもっと長いけど」

「ルース、、」

「君は?」

「…ミカ」

「ミカ?うちの星にもいる名だ」

「そうですか、不思議ですね。宇宙はとても広いのに」


首を傾げ、襟足の髪を払う仕草が妙に色っぽいこの男。うちの星でミカと言えば女性が持つ名前である。待て…俺は今この男のことを色っぽいとか思ったのか?

重大な任務を任され、銀河中を飛び回っていた疲れが出たらしい。仕事をする前に、少し休まなくては。


「悪いが…話を聞く前に少し休ませてもらえないか」

「構いませんけど」

「あ、別に君の寝床を奪おうって話じゃない。この辺の床で寝かせてもらえればいいんだ」


部屋の片隅で床を見回していると、また彼の口から言葉が放たれた。


『…ほわほわ』

「……?」


彼がそう言うと、木のベンチがたちまち柔らかそうな毛皮に包まれた。あっけに取られる俺をよそに、隣の部屋へ行きクッションを2つ持って帰ってきた彼は、"即席ベッド"の上にそれを丁寧にしつらえた。


「床に転がられても不気味ですので、ここに寝てください」

「え…?いや"不気味"も引っかかるけど、その前にさっきからその、なんかホカホカとかサクサクとかみたいなやつ何なんだ」

「魔法です」

「まほう?魔法使いが住んでいそうな家だとは思ったがまさか…」

「勘は悪くないみたいですね」

「魔法…使い…?」


意味深に口角をあげた君…不思議な魔法を操る男。ミカ。その瞳はクリスタルのように透き通り、俺の心をも見透かすようだった。


───


温かい毛皮の上で目が覚めた。部屋には明かりがついているが、外がすっかり暗くなっていることを天窓から見える空が教えてくれた。滑らかな毛皮が気持ちよくて、体を起こさないまま、顔だけで辺りを見回すが、ミカはどこかへ行っているようだった。

壁の棚には、乾燥させた草花や砂、貝殻なんかが小瓶に詰めて並べられていて、中でも広い面積を占めているのが石である。透明なものから、毒々しい色のものまで。こんなにも沢山の石があるのに、ダイヤなんとかと言うやつは見たことがないとなれば、よほど貴重な石なのだろうな、とぼんやりと眺める。

思っていたよりも疲れが溜まっていたのか、目を閉じればまだまだ眠れそうではあったが、初対面の、それも異星人の、しかも魔法使いの家とあってはのんびりリラックスしている場合ではない。眠気を振り払うように起き上がり、家主を呼んだ。


「ミカ…?」


すぐに隣の部屋から足音が聞こえ、ギィ…と扉が開くと、黒い毛糸編みの服に身を包んだミカが現れた。


「休めましたか?」

「あぁ、だいぶスッキリしたよ。君が魔法で出したこの毛皮、すごく気持ちいいな」

「気に入ったなら差し上げます」

「いいのか?じゃあお言葉に甘えて!」

「…ふふ」


丸めた毛皮を撫でながら、そろそろ本題に入らねばと咳払いをすると、ミカもこちらへ近づいてきて、1人分のスペースを空けて隣に腰掛けた。膝を抱えた格好で小さく丸まっている姿は…随分…いや、何でもない。

俺は、光が弾けそうになった手のひらを隠すように握りしめて、ようやく切り出した。


「白の星の住人は、もうすぐ絶滅だと言われてる。今の若い奴らはほとんど、子供ができないんだ。光の一族と呼ぶにはもう、光の力が弱まりすぎてる」

「それで、どうしてここへ?」

「あぁ、父の命令で探してるんだ。何か…種を存続させる方法がないかとね」

「…種の存続…。変なことを聞きますけど、光の一族はどうやって繁殖しているんですか?」

「あぁ…。手を出してみて」

「……」

「こうして…」


ミカの手のひらを天井に向けるようにして、その上に少しの隙間を空けて自分の手のひらを重ねた。光の一族の繁殖行動を再現しながら、説明を続ける。


「光は粒子なんだ。粒子ってのはつまり…説明すると難しいんだけど、とにかく、光の相性がよければ、光の糸が絡まり合って、手と手の間に……」


言いかけて手をずらすと、そこには小さな光の玉が浮かんでいた。中心で白く発光する玉を、オレンジやピンクや紫の光の糸が揺めきながら囲っている。俺は驚いて、慌てて手を引いた。

途端に光の糸はほどけて、白い粉が僅かにミカの手のひらに落ちた。


「今のは…?」

「わ、分からない」

「"相性がよければ、光の糸が絡まり合って"…どうなるんですか?」

「……」

「…光の玉ができあがる…?」

「いや……そんなはずは、、だって君は光の一族じゃないし、異星人だけど異性じゃない。それに…」

「それに?」

「…君と俺の…」


相性がいいわけない。洞窟で出逢った瞬間から俺の光は暴発するし、さっきだってミカの目を見ただけで手の光が制御できなくなっていたのに。何かの間違いだ。


「…あの。まだ、言ってなかったんですが。私、ただの魔法使いじゃなくて、石の種族なんです。その中でも石英種と言って、今日洞窟で採っていたようなクリスタルと同じ性質を待っています」

「……つまり?」

「貴方は光。私はクリスタル。私に当てた光は拡散する」

「……そう、なのか…」


理論的な話は得意な方だが、危うく光の玉を生み出しそうになってしまった俺は冷静ではいられなかった。いつか自分も心に決めた大切な女性と、愛し合って手を重ね、光の玉が生み出されるその様を満を辞して見届けるのだと、子供の頃から幼心に、そう思っていたのに。たった今、見知らぬ星の異星人…それも魔法使いの、石の種族の、男相手にうっかりその瞬間を捧げそうになってしまったのだ。まさかこんなことが起こるとは。けれど…ミカの言うことが本当なら、この事実は種を存続させるヒントになるかもしれない。


頭を抱え、ぐるぐると思考を巡らせていると、ふと一つの疑問に突き当たった。


「そう言えば、君の家族はどうしてる?石の種族はどこに住んでるんだ?昼間いた海岸にも誰も見当たらなかったが」

「…石の種族は……まぁ、今はいいじゃないですかそんなことは。あ、私の家族を紹介します」

「ここにいるのか?」

「ええ。…"ぽてぽて"、おいで」

「……?」


また何かの呪文か?と身構えていると、先ほどミカが出てきたとなりの部屋から、茶色い子犬が姿を現した。短い手足で、まるで毛玉が歩いているかのようだ。


「こいつが家族か?」

「"ぽてぽて"と言う名前ですが、私が魔法で出している物体ではなくて、ちゃんと生きています。私の唯一の家族です」

「へぇ、こっちに来いよ。ちょっと体は光ってるけど、怪しいもんじゃない」


ちんまりと足を揃えて主人を見上げる姿は何とも愛らしい。おもちゃみたいな見た目に反して、かなり忠誠心の強い犬らしく、舌を鳴らして手招きする俺にも惑わされることなくじっと座っている。


「利口だな」


見かねたミカがぽてぽてを持ち上げて、俺の膝にのせた。主人の許しを得て安心したのか、ごろんと体を預けると、腹を見せて気持ちよさそうに目を閉じた。


「こんなに懐くなんて。疑ってたわけではないですが、どうやらマトモな人みたいですね」

「イカれた野郎かと思ってたか?」

「ちょっと危ない人かと」

「おいおい」


ミカは笑いながら、俺の膝の上の"毛玉"を優しく撫でた。さっきまで1人分のスペースが空いていたはずだが、気付けばすぐそばに体温が迫っていて、見ない方がいいと分かりながらも、俺はミカを見つめた。


「ッ……」


視線に気付いたミカがこちらを見上げ、目が合うと、思った通り、瞬く間に俺の身体中から光が放たれた。目を逸らしても、もう抑えられない。部屋のあちらこちらに置かれたクリスタルに光が差し込み、壁や床や天井に、虹色の粒が無数に煌めいた。夢のような美しい光景を前に、俺は言葉を失ったが、一つだけ確かめたくなっていた。もしもこのまま…ミカを抱きしめたら、、どうなる?

息がかかるほどの距離にあるその体に触れて、確かめるのは簡単だが、危ない人ではないと、たった今証明されたばかりではないか。突然肩を抱いたりしたら…いや、待てよ…昼間、俺はミカの肩に腕を回したはずだ。あの時は何ともなかった。そうだ、何ともなかったんだ。やはり、この光が制御できないことと、ミカとの相性は関係ないと考えるべきだ。いつもの理論的思考が戻って来て、俺は少し安心した。

けれども、光はおさまらない。どうしたものか。


「…ルース?」


いたたまれない気持ちで天井を見上げていると、ミカに初めて名前を呼ばれた。返事をしようともう一度ミカの目を見た時、俺たちの唇は、少しのためらいと共に、音もなく重なっていた。


一瞬時が止まって、そしてまた進み出す。


「私に、、通してみますか…?貴方の光…」

「…それは、その…実験…だよな。種の存続の、ための…」

「…もちろんです」


君の真意は、伏せた睫毛の奥に隠されて俺には分からない。ただ分かっていることは、一秒ごとに強くなる光と、"種の存続のため"という名目の元、これから君と愛し合うということ。


ぽてぽてはいつの間にか姿を消していて、膝の上は昼寝に使った毛皮だけになっていた。代わりにミカが猫のようにくったりと俺の上半身に体重を預けてきて、俺は戸惑いながらも背中を抱き寄せた。背中に指を這わせるうちに、速く、短くなっていくミカの呼吸を感じて、俺の鼓動も同調していく。遠慮がちに腰に巻きついてくる脚に応えながら、肩の上で僅かに震えている指先を包むように握った。それと同時に膝を立てると、俺の腿の上に跨るような格好になったミカが、頬を紅く染めながら胸にもたれかかって来た。


「ヒトのカラダで、…したことは?」

「ないよ」

「…分かりますか?どうするか…」

「さぁ…本能に教えてもらうしかない。もしかして君は知ってるのか?」

「私は…捨てられた子供なので」

「……?」

「赤ん坊のうちに母に捨てられ、魔力のせいで、石の種族からも13歳で追放されました」

「……」

「なので、ヒトの愛し方も、愛され方も、私は何も…」

「…ミカ……」


唐突に明かされたミカの過去に、一瞬怯んでしまった。彼にとって"初めての愛"が自分とのそれだなんてとてもじゃないが荷が重い。けれど、俺たちには今夜愛し合うべき宿命があるような気がした。ヒトのカラダの使い方を知らぬ者同士、本能を呼び起こし、求め合う。何が正解かなんて誰にも分からないのなら、正解は俺たちが決めればいい。


「大丈夫だ。俺も何も知らないから、引け目に感じる必要はない」

「ルース…」

「キスは分かるだろ。さっきしてくれた」

「……」

「もう一度してみて」

「……///」


ミカは真っ赤になりながら、俺に言われた通り唇を合わせた。緩く立てていた膝の角度を上げて、ミカが俺の肩にしがみついたところで舌を差し込む。ビクンッと跳ねるように反応した姿は、異星人だとか異種族だとか男だとか、そんなことがどうでもよくなるほどに愛らしくて、俺はミカを怖がらせないよう、できるだけ優しく口の中を愛撫した。


「は…ぁ……あんまり、したら、……///」

「何も我慢しなくていい。身を任せるんだ」

「カラダが、、…」

「どうした」


ミカが俺の腿の上で恥ずかしそうに腰を浮かせ、視線を落とした。手で抑えてもムクムクと立ち上がってくるそれをどうしていいか分からず、ただ呼吸を乱して呆然としている。


「脱いでごらん。触ってあげる」

「…触るなんて、汚いです…。貴方だって、排泄は同じようにするんでしょう?」

「ヒトの行為は汚いものさ。それにとても野蛮だ。俺たちの祖先は、そういう生き物だろ…」


俺は言いながら、ミカの腰に巻かれた布を剥ぎ取った。

腹に向かって頭を上げた真っ赤なモノを一本の指で軽くなぞる。


「ッ…ぃや……」

「すごい…こんな風になってるところ、初めて見る」

「ルースの……は…///」

「俺も…さっきから…」


ミカの手を俺の下半身へ導いて、衣服越しに触らせた。


「ヒトの本能が…俺たちにもまだ残ってるんだな」

「…不思議です…」


そう言ってミカは俺の脚の間にすっぽりと収まるように座り直すと、小さな声で呟いた。


『ビリビリ』


すると言葉と共に、俺の衣服は文字通りビリビリと破れ、熱を持った塊が勢いよく飛び出した。先ほど汚いと言ったばかりなのにミカは、戸惑うことなく俺のモノを握り、熱っぽい目で見つめてさえいる。


「あぁっ……ミカ…」

「…疼き…ますか?」

「…確かに、変な感じだ…」

「ん…なにか出てる…」


ミカにそこを擦られるうちに、先端から透明の液体が滲み出てきた。指先で掬われ、声が裏返りそうになる。


「どんどん出てきます…ビシャビシャ…」

「今は魔法はなしだ…」

「ふふ…今のは魔法じゃなくて、現実です」

「……///」


話しながらも体の光はどこまでも強くなり、熱の塊は今にもはち切れそうになっていた。熱を解放する方法を求めて、ミカを引き寄せ口付ける。吐き出したい、、この昂まりを…。2人の欲望が下腹部で擦れあって、もどかしさで切なくなる。苦し紛れに細い体を潰れるほど抱いてみても、弱々しく背中に回された腕がまた俺に火をつけるだけで、解放へは近づけない。


「ハァッ…あぁッ……どうすれば…、、」

「ルース…」

「君が欲しい…」

「……私も…」


あんなにツンとして強気だったミカが、潤んだ瞳でそんなことを言うものだから、俺はもうなりふり構わず快楽を貪るしかなくなっていた。

ミカのモノと、俺のモノを重ねてきつく手の中に握ると、絞るように上下に扱いた。


「ああ…っ!!ダ、め…!!ァッん…」

「あ゙ぁッ…気持ちい…ミカ…」

「ァッ…はぁッ…あぁッ……」

「続けていいか……?このまま…っ」

「…っぁ…やめないで…」


お互いに自然と腰が揺れ、止まらなくなっていた。2人の先端から溢れ出る"得体の知れない蜜"が混ざり合って、やがて濃縮して白く濁っていく。規則的に続く湿った音をバックに、ミカの初々しい喘ぎ声が鼓膜を震わせ興奮を煽る。


「あぁっひぁっ……でちゃう……」

「見せて…俺も出そうだから…、一緒に…」

「ぁっん…ンッ…漏れちゃ…ぅ…///もうだめ…くるっ…!!」

「出して」

「あ゙ぁぁッ!!!!」

(ピュッ…!!)


俺たちは2人同時に果て、握った2人分のモノからは白い液体が飛び散った。そして気がつくと俺の光はほとんど消えていて、ビクビクと痙攣したミカが淫らな格好で倒れているのを、薄明かりの中でかろうじて確認できる程度だった。

ミカは気絶するように眠り、俺もどっと押し寄せた疲れにのまれて、数秒後に目を閉じた。


───


朝が来た。いや、昼かもしれない。太陽がずいぶん高い。昨夜のことを思い返してみても、目の前の部屋は綺麗に整えられていて、ミカの姿も見えないので現実味がない。

初対面で、まさかあんな展開になるとは思いもしなかった。ミカだってきっとそうだろう。冷静になるとかなり気まずい状況だが、このまま顔を合わせずに消えるのはよくない。"種の存続のため"。俺にはその大義名分があり、ミカにもそれに協力してもらったのだから。


とは言えどんな顔をして会えばいいのか、とため息をついていると、どこからかぽてぽてがやって来て、俺の顔を覗き込んだ。クゥンと喉を鳴らして俺の足元に擦り寄って来たので、たまらず抱き上げて撫でていると、魔法で出された"入口"からミカが現れ、どこからか帰宅したようだった。


「おはようございます」

「あ…、お、おは…おはよう」

「ぽてぽて、随分貴方が好きみたい」

「え?あぁ…何でだろうな、なんだかすごく懐かれてる」


ミカは昨日の姿が嘘みたいに、澄ました顔で俺に話しかけた。まるで俺だけが違う記憶を持っているかのように1人で動揺して、我ながらみっともない姿を晒してしまった。昨夜の出来事は全部夢か…?もしくはミカの創り出した幻想ってこともありえる。俺はまた振り出しに戻った気分で、ぽてぽての湿った鼻を見つめた。


「あの。私、考えたんですけど。昨日のこと」

「へっ?昨日の、何を…」

「"種の存続"のための方法です」

「…覚えてたのか」

「あんなことして、忘れるわけ…」

「そうじゃなくて、、君があんまり冷静だから…」


俺の言葉にため息をついて隣に座ると、顔を背けたままボソリと呟いた。


「冷静でいないと、話せません…」

「……恥ずかしいから?」


そう問いかけて、横顔を見遣る。返事の代わりに紅く染まっていく耳を、俺は今日もまた、愛おしいと思った。昨日のは成り行きで、久しぶりに"話せる相手"と過ごして気分がハイになっていただけだろうと思ったが、不思議なことに一晩眠って目が覚めてもまだ、俺は君のことが気になっている。嫌われていないことが分かってほっと胸を撫で下ろしている自分にも正直驚いているが、もう驚くことにも慣れてしまった。この星へ来てから、驚くことばかりなのだ。


「ごめん、続けて。…君の考えを聞かせてくれ」

「…貴方達の種族は、体に光を貯めることはできるんですか?」

「…いいや、貯めるのは難しい。一時的にはできるけど、口の中に食べ物を入れておくような感じだ」

「そうなんですね。繁殖に必要な光が足りないのなら、貯めておいて、必要な時に放出できればと思ったんですが」

「光を放出するには、一定の光を浴び続けている必要がある。でも今は俺たちの星に届く光自体が弱いから…。もっと強い光源を自分たちの星に置いて、自給自足できれば一番いいと思ってるけど…」

「それなら…半永久的に、溜めた光を放出できる石があれば、どうですか?」

「…そんな石があれば、きっと助けになるはずだ」

「あります」

「…え?」

「まだ試したことはないんですが」


ミカは少し言葉を濁しつつも、壁に建てつけられた棚の方へ歩いていき、一つの小瓶を手に取ると戻ってきた。

中身を目の前の低いテーブルへ出す。あまり綺麗とは言えない、何の変哲もない石のように見える。


「燐光石です」

「りんこうせき?」

「光を吸収して、暗闇で光ります」

「あぁ、聞いたことがある、暗闇で発光する石。でも俺たちの星はまだ暗闇とまでは…」

「これを、ダイヤモンドと掛け合わせるんです」

「ダイヤ…それって、あの丈夫で綺麗だって言ってた石だよな。でも掛け合わせるって、どうやって?」

「魔法使いですからそれくらいのことは出来ます。洞窟で会った時、私クリスタルを採取してたんですが、覚えてますか?」

「ああ。覚えてる」

「私はいつもあんな風に、色々な石を採って来ては、他の異なる物質と魔法で掛け合わせて、特別な石が作れないかと模索しているんです」

「何のために?」

「…またいつか、石の種族として認めてもらえるように…」


幼くして生まれ育った種族から追放されたミカは、アイデンティティを失い、長い間どこに属すこともできずに、この広い星を1人で彷徨っていたのだろうか。そして健気にも、特別な石を創り出すことで、種族の役に立ちたいと考えてきたのだろうか。誰とも馴れ合わないようなクールな表情の下に、幼気な少年の姿が見えた気がして、胸が苦しくなる。ミカは俺の手のひらへ、ころんと石をのせた。

燐光石。ダイヤモンドと掛け合わせれば魔法の石に…。俺がそれを星へ持ち帰り、同時にミカの種族にもその石を見せることができれば、俺たちの問題はどちらも解決できるかもしれない。


「魔法は、…悪なんでしょうか」


天窓の向こうに広がる空を見つめ、ぽそりと呟くミカ。

やるせなく吐き出された息からは、微かな怒りと、深い悲しみが滲んでいるようだった。


「そんなことは…ないだろ」


俺は、ミカの肩を抱き寄せた。何故だろう。いとも簡単に、気が付けばそうしていたんだ。


──


その日俺たちは、俺の光の力が弱まらないよう、太陽が高くなる時間を待ってから外へ出た。ダイヤモンドがあると言われる場所を訪れるためだ。

"魔法の入口"を抜けて辿り着いた場所は、ミカと出会った洞窟に似ていたが、ところどころ光が差し込んでいて、真っ暗と言うわけではなかった。


「ここか?」

「石の種族の古記録によれば、ここです」

「今までに来たことは?」

「何年か前に一度訪れて何日か探したのですが、見つけられませんでした」

「簡単に見つかるもんじゃないってことか」

「…何日か…この近くで寝泊まりしましょう」

「…ああ…。そうだな」

「簡易的な寝床ぐらいは魔法で出せますから、安心してください」


ここで寝泊まりする、と聞いて昨夜の情事を思い出してしまうのは男のどうしようもないところである。瞼に焼きついているのは、乱れたミカの姿。細部まで思い描けばたちまち光のコントロールを失うことは分かっているので、ぼんやりとだけ頭に浮かべて、すぐに掻き消した。またあんな風に…なんてどうかしてる。俺は種の存続のため、ミカは石の種族への帰還のため、それぞれの目的のために協力しているだけなのだから。


「行きましょう」

「俺が先に行く」

「…はい」


本当なら浮遊している方が体力的にも楽で効率もいいのだが、ミカにペース合わせるためにあえて脚を使って地面を歩いた。

入口から数時間歩き続け、時々俺の光にキラリと反射する石はあったものの、どれもダイヤモンドではないと言う。湿度の高い、蒸し暑い空間で長らく石探しを続けていると、ミカが背後からふいに、俺の袖をつまんで立ち止まった。


「少し、休みましょう」


ミカは顔に感情が出ないこともあって、あまり疲れているようには見えなかったが、袖をつまんでいた手を取ると、恥ずかしそうに俺の指を握って来たので、何だかたまらなくなって、その場に腰を下ろした。



「喉が渇いたな…」

「水を出しましょうか?」

「ああ、頼むよ。…君の魔法って、何でも出せるのか?」

「音でイメージできるものなら大抵は」

「へぇ、便利だな」


ミカが魔法で出した水を受け取り、干上がった喉へと流し込む。半分ほど水を残してボトルを返すと、ミカはキョトンとした顔で蓋の外されたボトルを見つめた。


「君も飲むだろ?まだ先も長そうだし」

「まぁ…」

「いらなきゃ全部俺が…」


言いながら、もう一度手を伸ばしたが、ミカは両手でボトルを持つと、飲み口に唇をつけて、つんとした鼻先を上げ水を飲んだ。ごくりと喉が上下して、口の端から雫が一筋、顎を伝って流れていった。青白い肌には不似合いな太陽が、背後からその姿を照らしていて、俺はまた一瞬で、喉が渇いていく気がした。まるで誘惑の魔法にでもかかったように、ローブの中へ吸い込まれていく水滴をぼんやりと目で追う。手の甲で口元を拭った君は、次にどんな言葉を発するのだろうか。なんて、妙に期待している自分に気付いて恥ずかしさが込み上げる。


「…これから、どこへ進みましょうか……」

「え?」

「どちらの道がよさそうですか?」


その質問は単に、目の前の分かれ道のどちらへ進むか、という問いなのだろう。けれど、君があまりに神秘的だから、つい心の裏を読みたくなってしまう。


──俺たちは、どこへ向かうべきなのか。

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