第7話 妹のサーラ

……よく寝たな。


ふと目が覚めて時計を見ると、朝の九時を過ぎていた。


昨日は風呂に入って二十二時にはベッドに入った。


「自分でも気づかないくらい疲れていたか……この足音は」


「兄さん!」


扉を開けて、妹のサーラがつかつかと歩いてくる。

俺と違い小柄だが、纏ってるオーラは尋常じゃない。

下を向いているので表情は伺えないが、どう考えてもただではすまない。


「う、うむ、サーラよ、元気そうで何よりだ。あぁー、これには海より深いわけがあってだな、決して兄は悪いことをしたつもりは……いや、すまん——殴ってくれていい」


「………っ」


しかし、それは訪れなかった。

サーラが、俺を強く抱きしめたからだ。


「サーラ?」


「良かった……無事で……本当に良かった」


……俺はつくづく馬鹿だ。

母上を早くに亡くした上に父上は寝たきりな今、この子には身内は俺しかいない。

普段は物静かで気丈な妹だが、不安に思わないわけがなかった。


「すまん、心配をかけたな。 一応、この通り五体満足の姿で帰ってきた」


「グスッ……そんなの見ればわかるし。ほんと、馬鹿な兄さんを持つと苦労する」


「ぐうの音も出ないな……ただいま、サーラ」


「……お帰りなさい、アイク兄さん」


すると、サーラがばつが悪そうな表情をして離れる。

最近ではこういうことをしないので、恥ずかしいのだろう。

もちろん、それを突くような真似はしない……藪から蛇が出てくるから。


「それで、どこにいたんだ?」


「そんなの決まってる、サンマルクの砦よ。兄さんが捕まったっていうからみんなが大変で……王都に襲撃しようとするから、その説得に行ってたの」


「あぁー……そいつはすまないことをした」


その光景がありありと眼に浮かぶ。

俺の直属の部下でもある奴らは、とにかく血の気が多い。

抑えることができるのは、妹のサーラかヨゼフくらいだろう。


「ほんとです。あとできちんと顔を出して安心させて」


「ああ、そうする。そういえば、いつ帰ってきたんだ?」


「そんなの今さっきに決まってるじゃないですか……兄さんの馬鹿」


……つまり、俺を心配して真っ直ぐにきたってことか。

よく見ればところどころ汚れているし、目も赤い。


「確かに俺が馬鹿だな」


「罰として、私を撫でるといい」


「はいはい、わかったよ」


俺はサーラの気がすむまで、頭を撫でるのだった。


こうしていると、帰ってきたって感じがする。


やはり、故郷や家族はいいものだ。





その後、一緒に食堂に行き、少し遅めの朝ご飯を食べる。


急いで食べ終えたら、今後の予定を話し合う。


「さて、詰まってる案件はあるか?」


「まずは書類に関しては私がほぼやっておきました。あとはアイク様が判子を押すだけかと」


「う、うむ……いつもすまない」


「いえいえ、人には向き不向きがありますから。アイク様は住民に顔を出して安心させてくださいませ。それが都市の治安と不満を抑える一番の秘訣です」


「わかった、そうしよう」


我が領内は、相変わらずオイゲンがいないとダメだな。

かといって、俺は戦場を駆け回るしか能のない男だ。

何より、全権を預けられるほど信頼できる者がいない。


「それ以外で、俺がいない間に問題はあったか? 主に戦闘面でな」


「別に貴方様がいなくても回ります……と言いたいところですが、問題はあります。まずは、敵国ウェルダンが貴方が不在という情報を得たのか攻勢に出ようとしております。今はまだ、罠か半信半疑なのか分からず動いていませんが……」


「なるほど、俺が顔を出す必要があると」


「はい、おっしゃる通りです。どちらにしろ、砦の皆に顔は見せませんと」


「ああ、すぐにでも向かおう」


そうしないと、無駄な犠牲が出る可能性もある。

まだ疲れは若干あるが、この程度なら問題あるまい。

すると、サーラが俺の肩に手を置く。


「兄さん、別に今すぐってわけじゃないから慌てないで平気。うちの兵士達は兄さんがいないくらいで負けるほどやわじゃない」


「しかし」


「ええ、言っておいて何ですが慌てることはありません。そんなやわな鍛え方はしておりませんので」


「うむ……二人が言うならそうなのだろう」


すると、サーラが目を丸くする。


「うそっ、あの兄さんが言うこと聞いた。戦いに関しては、絶対に譲らなかったのに」


「ええ、本当に。前だったら俺がいないと話ならんと言っていたでしょうね」


「オイゲンさんが聞いたけど、本当に変わった感じする」


やはり、サーラの目から見てもそうなのか。

自分が思う以上に変わってるのだな。

多分、前世の年齢分が足されて柔軟になったのかもしれない。


「まあ、人一人に出来ることなど限られてる」


「に、兄さんからそんな言葉が出るなんて……」


「そもそも、貴方一人に負担がかかること自体が……私としたことが申し訳ありません」


「いや、いい。俺も気持ちは同じだ。軍部の連中に兵士の補給と物資を頼んだが……渋い顔をされたよ。無駄遣いとか、本当に必要なのかとか……殴りたくなった」


「仕方ありませんな。人は身近の出来事でないと実感ができない生き物ですから。彼らからしたら、対岸の火事といったところかと」


「かといって奴らを呼ぶのは論外だ。指揮系統とか言い出して、戦いの邪魔をされる未来しか浮かばん」


王都にいる連中はゴブリンやコボルト程度しか倒したことがないし、何より実戦経験が浅すぎる。

近衛は使えるだろうが、アレが表に出るのは最終手段だ。

だから本来無償で兵士に守られるべき民が、冒険者を雇うようなことになる。


「おっしゃる通りですな。できれば戦いの邪魔をせず、使える方が来たら苦労はしませんなぁ」


「そういうことだ。ひとまず、今いる連中を育てていくしかあるまい」


「私も優秀な後継者が欲しいところですなぁ。早いところ、引退したいものです」


「言っておくが、まだまだ働いてもらうからな」


「仕方ありませんな。この朴念仁……いえ、せめてアイク様の結婚を見届けるまでは」


「ぐぬぬ……それについては申し訳ない。俺は女性に縁がないし、避けられてしまう」


すると、二人から呆れた視線を向けられる。


「「はぁ……」」


「オイゲンさん、兄さんがごめんなさい」


「いえいえ、サーラお嬢様が謝ることではございません。全ては、この朴念仁な主人が悪いのです」


「おい? いくらなんでも酷くないか?」


「「いえ、全く」」


「全く、だいたい揃って……先代だって私がどれだけ苦労したか」


「ほんと、お母様も言っていた」


……ダメだ、この二人に口で敵うわけがない。


俺は嵐が過ぎ去るのをじっと待つのだった。

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