第6話 帰還
翌日の朝、俺はふと眼を覚ます。
そして、ゆっくりと部屋から出て外に出る。
すると、夜明けの空が目に入った。
「どうやら、寝すぎたか……」
結局、飯も食わずに朝まで寝てたらしい。
腹は減ったが、ある意味で丁度良いか。
きっと俺を歓迎するために食糧を出してしまうだろう。
そのまま、村の外に出ようとすると……。
「やはり、黙って行かれるつもりでしたか」
「エレンか。見送られたり畏まられるのは苦手でな」
「短いお付き合いですが、それくらいはわかります。なので、引き止めるような真似はいたしません。ただ一言だけ……この度は、本当にありがとうございました。俺も貴方のような立派な方になれるよう努力いたします」
「そうか……お主ならいい戦士になれるさ。それでは、達者でな」
俺が拳を向けると、エレンも恐る恐る拳を合わせる。
あとは余計な言葉はいらない。
俺は軽く手を上げて、村から出て行く。
「さて、この辺りなら……オルガ!」
「ブルルッ!」
俺の声に反応して、森の中からオルトスが出てくる。
あの村にはオルトスを入れるような場所はなかったので、外に放しておいた。
こいつなら、そんじょそこらの生き物には負けはしない。
「すまん、待たせたな。それとも、久々にのんびりできたか?」
「フルルッ」
どうやら、久々の外を満喫したらしい。
領地ではよく一人で草原を駆け抜けるし、王都などは相当ストレスだったに違いない。
「では、領地に帰るとしよう……はぁ」
「フルル?」
「ん? いや、妹とかに叱られると思ってな……帰りたくない気もする」
「ブルッ!」
その顔は『自業自得』だと言っている。
確かにその通りなので、俺は諦めて馬を走らせるのだった。
◇
そして道中の妖魔などを倒しつつ、一週間をかけて……どうにか、領地にたどり着く。
俺が治めるのは国境付近にある都市ミレトス、山と緑に囲まれた自然豊かな場所だ。
北の国ウェルダンが狙ってくるのを、代々の当主が守り続けている。
田舎でなにもないが、俺個人は王都のようにごちゃごちゃしてないので気に入っていた。
城門の前に到着すると、兵士達がやってくる。
「この馬は……オルトス! アイク様! アイク様がお帰りだっ!」
「すまんな、こんな格好で。返り血や汚れで気づかなかっただろう」
「い、いえ! こちらこそ気づかずに申し訳ありません!」
「問題ない、通してくれるか?」
「直ちに! 門を開けろ! 我らが守護神の帰還だっ!」
その声によって、高さ十メートルある堅牢な門が開いていく。
この都市は最後の防壁の要なので、都市の大きさの割に堅牢な作りになっている。
大型の妖魔や魔獣、敵国の攻撃に耐えられるように。
「アイク様! よくぞご無事で!」
「お帰りなさいませ!」
「皆の者、心配をかけたな。一応、この通り五体満足で帰ってくることができた。そして、王都でのことすまなく思う。もしかしたら、何か領地に不利なことをされるかもしれん」
当然、俺の仕出かしたことは都市にも伝わっているだろう。
今、うちには跡取りが俺しかいない。
妹であるサーラがいるが、戦えない彼女には荷が重いだろう。
「いえ! 我々は貴方様を信じております!」
「先祖代々、何度も我々の命を救ってくださった方ですから!」
「なぁに、王都の連中がなにを言おうとも関係ありません!」
「……感謝する、俺は良き民を持ったな」
その信頼を積み上げてきたご先祖様に感謝をしつつ、領主の館に向かう。
その前では、後ろに手を組んだ家老オイゲンがいた。
白髪で還暦を超えているが、背筋は伸びて相変わらず若々しく見える。
普段は温厚で怒ることも少ないのだが……今の顔は、般若のそれだった。
「い、いま、帰った」
「これはこれは、アイク様ではございませんか。随分と、遅いお帰りですな?」
「す、すまない、これはやむ終えぬ事情があってだな……」
「ほほっ、どんな理由があって王太子を殴るのか……じっくり聴かせて頂きましょうか?」
どうやら、家に帰ってのんびりというわけにはいかないようだ。
オルトスが一瞬だけ俺の方を向いて『ブルルッ』と鳴いた。
……往生際の悪い奴だと言われた気がする。
◇
……いつまで正座をしていればいいのだろうか?
領地に返ってきてから、まだろくな休憩もしていないというのに。
いや、俺が悪いことはわかってはいるのだが。
「なるほど、そういう経緯があったのですか」
「そうなのだ。反省はしているが、もし同じ場面にあったとしても俺は同じことをするだろう」
「まったく、貴方達アスカロン家の男は……相変わらず、融通が利かないですな。こっちは、王都から連絡が来た時は肝が冷えたというのに」
「うっ、それについてはすまない」
俺の父も、オイゲンには頭が上がらない。
なにせアスカロン家の男は、俺も含めて戦うことに特化して事務仕事が向いてない。
そんな中、領内がちゃんと回っているのはオイゲンと妹のおかげだった。
「最悪の場合、死刑もあり得ましたから。まあ、国王陛下と側近の方々は馬鹿ではないので平気だとは思ってましたが……万が一ということもありますから」
「重ね重ねすまない。領主としてではなく、自己を優先してしまった」
「生きているから良しとしましょう。それに、それこそがアイク様の良いところですから……ふむ」
すると、何やらオイゲンがジロジロと見てくる。
「な、なんだ?」
「今更ですが、すんなりと謝りましたね。最近は小言を言うと、明らかに不貞腐れていたのに」
「あぁ……」
そういうことか。
確かに以前の俺だったら、うるさいなと思ったに違いない。
ただ前世の記憶がある今、苦言を申してくれる人の有り難みは痛いほどわかる。
そういう意味では、記憶を取り戻して良かったかもしれない。
「それに雰囲気も大人っぽく、何やら余裕が見えますな。男子三日会わざればとは言いますが……」
「……牢屋に十日間いてな、その時に色々と己を振り返ったのだ。すると、少し傲慢というか調子に乗っていた自分に気づいた」
「なるほど、そういうことでしたか。ならば、決して無駄ではなかったと……ならば、説教はこの辺りにしましょう。あとはゆっくりお休みになってください」
その言葉にホッと一安心する。
どうやら、上手く言い訳ができたらしい。
記憶を取り戻した直後だし、別に嘘は言ってない。
「ただし、お嬢様の説教はまだありますが……何せ、辺境伯家のお金も使ったとか」
「うげっ……」
「明日には帰ってくるので、覚悟しておくことですね」
「う、うむ……とりあえず、今日のうちに休んでおこう」
確実に怒ってるであろう妹の顔を思い浮かべて戦々恐々とする。
それは、どんな敵よりも恐ろしいものだった。
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