第3話「もふもふパラダイスと理想の我が家」

「さて、どこにお家を建てようかしら」


 カーバンクルたちを足元にじゃれつかせながら、私は森の奥へと進んでいく。動物たちが先導するように道を開けてくれるので、歩きにくいということはない。むしろ、VIP待遇のようだ。

 しばらく歩くと、陽光が差し込む開けた場所に出た。近くには澄んだ水の流れる小川もあり、拠点にするには最高の立地だ。


「うん、ここに決めましょう!」


 宣言すると、カーバンクルたちが「きゅいきゅい!」と賛成するように跳ね回る。

 まずは整地から。私は両手を地面にかざし、魔力を流し込む。


『イメージするのは、平らで頑丈な土地』

「アース・シェイピング!」


 呪文を唱えると、地面がごごごと静かに盛り上がり、でこぼこだった土地が瞬く間に平らになっていく。ついでに邪魔な雑草も綺麗になくなった。うん、上出来だ。

 次は、建材の調達。もちろん、森の木を切り倒すなんて無粋なことはしない。


「お願い、みんなの力を少しだけ貸してくれる?」


 私は周囲の木々に優しく語りかける。すると、木々が応えるように枝を揺らし、枯れてしまった枝や、成長の妨げになっている枝を自ら落としてくれた。それらは地面に落ちる前に、私の魔力によって綺麗に加工され、同じ長さの角材へと姿を変えていく。


『これだけあれば、立派なログハウスが建てられそうね』


 前世、というわけではないけれど、幼い頃に読んだ物語に出てきた森の家に、ずっと憧れていたのだ。公爵令嬢の生活では、到底叶わない夢だったけれど。


「ビルド・ハウス!」


 集めた角材が、私の魔力によって宙に浮かび上がる。そして、まるで意思を持っているかのように組み合わさり、あっという間に家の骨組みを形成していく。壁ができ、屋根が葺かれ、窓枠やドアがはめ込まれていく。設計図は、私の頭の中。寸分の狂いもなく、理想の家が形作られていく光景は、我ながら圧巻だ。

 ものの三十分もかからずに、温かみのある二階建てのログハウスが完成した。


「わあ……!」


 思わず感嘆の声が漏れる。想像以上の出来栄えだ。

 早速、中に入ってみる。一階は広いリビングとキッチン、それにバスルーム。二階は寝室と、趣味の部屋にできそうな小部屋。内装も、魔法で作り出した木の家具で統一した。ふかふかのベッドも、大きな本棚も、暖炉だってある。


「すごい……完璧だわ!」


 私がはしゃいでいると、カーバンクルたちも家の中を探検し始めた。暖炉の上が気に入った子、ソファで丸くなる子、私の肩に乗ってくる子。みんな、この家を気に入ってくれたようだ。

 生活に必要な水は、小川から魔法で引き込み、浄水して使えるようにした。汚水は浄化魔法で無害な土に還す。これでインフラも万全だ。


『あとは……そうね、畑も作りましょうか』


 家の隣に手頃なスペースを見つけ、再び整地魔法で土を耕す。そこに、追放される時に持たされた食料の中から、野菜の種を植えていく。


「グロウ・アップ!」


 聖属性魔力をたっぷりと注ぐと、種を植えた場所からにょきにょきと芽が出て、ぐんぐん成長していく。あっという間に、トマトやキュウリがたわわに実る、見事な家庭菜園が完成した。


『これで食料にも困らないわね』


 自給自足のスローライフ。なんて素敵な響きだろう。

 すっかり満足してログハウスのポーチに出ると、森の奥から何かが近づいてくる気配がした。今まで感じたことのない、荘厳で圧倒的な魔力。動物たちが一斉に静かになり、緊張したように身を固くする。

 私も身構え、気配のする方を見つめた。茂みが大きく揺れ、姿を現したのは……。

 鷲の上半身に、ライオンの下半身。そして、背中には雄大な翼を持つ、伝説の聖獣。


「グリフォン……!」


 黄金に輝く体毛は太陽の光を反射し、神々しいまでに美しい。その威圧感は、王城で見たどんな騎士団長よりも上だ。グリフォンは、私をその鋭い瞳でじっと見据えている。

 普通なら、恐怖で動けなくなってもおかしくない。けれど、不思議と怖くはなかった。むしろ、その孤高の美しさに魅了される。

 私はゆっくりとグリフォンに近づき、そっと手を差し出した。


「こんにちは。私はエレオノーラ。あなたのお名前は?」


 グリフォンは私の手と顔を交互に見比べた後、やおらその大きな頭を下げて、私の手のひらにそっと額をこすりつけてきた。


「……! もしかして、私を主と認めてくれるの?」

「グルル……」


 肯定するように、グリフォンは低く喉を鳴らした。その瞳には、絶対的な忠誠の色が浮かんでいる。まさか、伝説の聖獣まで懐いてくれるなんて。


「ありがとう。嬉しいわ。あなたのことは……そうね、レオンと名付けましょう。百獣の王ライオンのように、強く気高いあなたにぴったりですわ」


 レオンは、その名前が気に入ったように、もう一度私の手にすり寄った。

 聖獣グリフォンに、精霊カーバンクルたち。そして、たくさんの森の動物たち。

 私は、かけがえのない、最高に愛らしい家族を手に入れた。

 ポーチの揺り椅子に腰かけ、膝の上で丸くなるカーバンクルを撫でながら、私は幸せを噛みしめる。隣にはレオンが静かに控えている。

 こんな穏やかで満たされた時間は、生まれて初めてだった。

 追放してくれてありがとう、アルフォンス殿下。私は今、最高に幸せです。

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