第3話(1)「音の届かない場所で」

曲ができた。とりあえず3曲。

今前座で演奏している曲を無くしてもオーディションに出すデモテープが作れる。


カツヤに手伝ってもらって作った弾き語り音源を入れたTDKのカセットテープがGパンのポケットで窮屈そうにカチャカチャと音を立てる。


明日からバイトに復帰しなければいけない。

ギリギリ間に合って良かった。


スターダトの入口に数人の人影。足早に通り抜けようとしたところで晶叶は止められる。

「あれ?お前、蟹と透真のとこのボーカルじゃね?」

腕を掴まれた。視線が合う。

人影は顔を確認して、掴む力が強さを増した。

離さないと言わんばかりに。


「あぁ〜、蟹が好きそうな顔してんな。」 

別の男が俯く晶叶の顔を無理矢理に覗き込んだ。

「へぇ…、話には聞いてたけど。ミナトのほうが良くね。」

別の男が遠巻きに腕組みをしてじろじろと眺めてくる。

腕を勢いよく引かれてよろけた身体が壁に押し付けられる。痛い、の言葉も出ない。

「かわいそうな話だよな」

スタダスの入口の暗い廊下で3人組に囲まれた。晶叶はわけがわからない。


「で、もう蟹と寝た?」

「え。」

そこでカツヤが言っていた噂のことで因縁をつけられていると気付いた。


「そういうの、イケるタチなんだろ?」

晶叶は顔を上げられずに地面だけを見つめながら

「どういう、意味?」

と聞き返した。声が上擦ってしまった。

怯えて、身体が硬直する。

「噂、知らないわけじゃないだろ。ここに出入りしてるなら。」

それは、蟹江と透真の前のバンド「BLACK PALAD」のホームがここ、スターダストだったからだ。

それに、晶叶は今その二人とバンドを組んでいる。

「そういう関係じゃないし」

心臓がドクドクと鼓膜を叩く。手が震えて、神経が遮断されたように動かせない。振りほどきたいのに、腕が言うことを聞いてくれない。

「まだ、ね」

怒りを内包したような声。

「なるわけない」

否定できる。自分にはその気が全く無いのだ。

「ミナトだって、別にそう言うタチじゃなかったぜ」

カツヤが言っていた噂のとおりだ。

「一回ヤッたらハマるって」

怖い。距離が詰まってる。3人に囲まれた。逃げる隙間が無い。

「俺が教えてやろうか?蟹がミナトにしたこと」

ゴツゴツした指が頬に触れる。怖い。

この男は、あの噂の真相を知っているんだろうか?

手で押し退けようとするけど力が入らない。

変に生温い、汗ばんでるのか湿った皮膚が頬を強く撫でながら抑え込んでくる。気持ち悪い。


ヤバい。


ニヤニヤしながら服の中に片方の手が入ってくる。顔は押さえつけられたままで。ぞわぞわするのは触れられた肌の感覚なのか相手の手のひらの感触なのか。頭の中がぐるぐるして動けない。動かし方を忘れたみたいに。


カツヤの声が蘇る「酷い抱かれ方して、病んだって」


胸まで上がってきた手のひらの温度が気色悪い。

見ているだけの二人の視線で余計に惨めな気持ちになる。


恐怖で目の前が歪んで、泣いていると自覚して恥ずかしくなった。


「ドキドキしちゃってかわいいな。胸ないからどうイジっていいんだろ。蟹はうまいんだろうな」

男の掌に自身の鼓動が伝わっている。嫌だ、


「あいつ、なんでかモテるんだよな。やっぱうまいだろうな」


蟹江の顔が浮かぶ。助けて。

中に居るはずなのに。

浮かんだ顔はいつものようにふざけて笑っていた。本当は、こいつらと同じなのかもしれない。透真くんも、蟹くんも。

ぐちゃぐちゃになる頭の中。

嫌な音だ。鼓膜を叩く音はうるさくて歪でただのうるさいノイズだ。


憧れてたのに。

作り出す音と、人の中身はやっぱり別物なのか。

ロックミュージシャンなんて、歌詞では正義だ平和だピュアな恋愛だなんて言っても、裏じゃこんなことばっかりしてる奴らなのか。

カッコつけて、尖って、うるさいのと勢いだけの、今だけ楽しければそれで良い。そんなのがカッコイイと思ってるのか。


半笑いで尖端をいじってくる。鳥肌が立ってるのがわかる。嫌だ、無理。感じてるなんて勘違いされたら気持ち悪い。どうしよう、誰か。

やめてくれ。

俺はやるのはそこそこ好きだけど、やられるのは好きじゃない。


透真くん、いつも優しくて兄貴みたいに頼れて。でも、本当は違うのか。

蟹くんがすることをこいつらみたいに笑って見てたのか。


助けて。誰か


「ああ、キスとかする?」

近づいてくる男に顔を背ける。見ていただけの二人が頭と顎を掴んで正面を向けさせた。

「、う。やめ、」

やっと声が出るけど、掴まれた顎は自由に動かない。

唇が触れる。無理矢理こじ開けられて、でかくてベトベトの舌が入ってくる。気持ち悪い。


苦しい。

助けて。


相手の唾液で溺れそうになる。気持ち悪い。


このまま俺、やられるのかな。

息ができない。

遠くでバスドラムの振動音がする。蟹くんはそこにいるのに。助けてくれない。

俺がこんな目に合ってるのになんで平気で居られるの。

俺のことなんて、そんなに大事に思わないよな。そりゃ、そうか。ミナトくんのほうがほんとは良かったに決まってる。

みんな、そう思ってる。


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