名前も知らない、誰かの話を小さじ1

春先。

バスジャック

駅までの20分は、短い。


 職場から最寄り駅までのバスに乗り込む。一体いつまでこの生活が続くのだろうか。私一人だけの夜の車内は、静まり返り、振動が体を揺らす。悩みが頭を揺らす。車窓から見える空の黒さのように晴れることがないのが分かる。等間隔にある街灯が人々を薄暗く照らす。

 ひとつため息。

 何にも期待はしていないが、何かになりたい自分。社用携帯からは今も通知音がなる。そんな理想と現実の乖離が、今この瞬間の徒労に繋がっている。停留所には待つ人はおらず、次々通りすぎる。ここで10分。また貴重な時間を怠惰な悩みに費やしている。それでもバスは進む。迷うことなく駅に近づいていく。信号機は空気を読んで、近づく度に青になる。


 どうか、その交差点を右に曲がり、知らない何処かへ連れて行ってくれないかと願う。

 お前も道に迷い、私と一緒に答えを探して欲しい。規則正しく進むお前を不規則に動かしたい。

 そして、お前がたどり着く場所が私自身の答えで有れば良いと思う。


 ブザーの音がなり、バスの扉が開いた。20分。駅からは行き交う人々の喧騒が聞こえてくる。

 鞄を持ち、バスを降りた。その瞬間から靴音はその一部になる。外から見た車窓に、私が映っていた。

 私の悩みの答えは毎日ここにたどり着くのだ。


 そして明日も同じく願うのだ。

 お前が答えになることを。

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