第13話

 扉の向こうには、牢番がいた。

けれど──そんなもの、もう関係なかった。


「カーターくん」


 私が名前を呼ぶと、彼は静かに杖を掲げた。

次の瞬間、牢番の身体が爆ぜるように燃え上がる。

皮膚が溶け、喉が焼け落ちる音がした。


「カーターくん。目立たない魔法に、と言いましたよね?」


「……すいません。つい」


 まったく。反省しているのかしら? 目が笑っているわよ。


「まあ、いいです。どうせ全員消す予定ですから……」


 ──あら?口調が違うと思ったかしら?

これは私の“仕事モード”よ。


「私とカーターくんは別行動を取ります。探し物がありますので」


「ウチらは?」


 ライカちゃんが斧を構えながら問う。

オイレちゃんも無言で同意の視線を送る。


「我慢をさせてしまいましたからね……お好きにどうぞ。

 ただ、一つだけ覚えておきなさい」


 私は指を一本立てる。

そして……静かに告げた。


「ここにいるのは、クズです。

 罪なき同胞を働かせ、犯し、殺したゴミども。

 この場所から出るのは、哀れな同胞だけ。

 それ以外の者は、殺して当然。──これは正義の行いです」


 これは“マインド・セット”。

心の準備を整え、ためらいを殺す儀式。

そうしないと、どこかで手が止まる。

お姉さんの、ちょっとしたアドバイスよ。


「さあ、お行きなさい。正義を行うのです」


 二人は迷わず走り出した。

やがて廊下の向こうで悲鳴が上がる。

肉の裂ける音、骨の折れる音。

血の匂いが濃くなっていく。


 ああ……いいわ。

ゾクゾクするじゃない。




「これよ。この親子にするわ。

 子供も幼くて、親も若い。どちらも楽しめそうだわ」


 モーティシアはその白い指で鉄格子を指した。

房の中では、痩せた母親が子を抱きしめて震えている。


「……すぐに扉を開けろ」


 コルストンは牢番に目配せをした。

合図を受けた牢番が鍵束を探り始めたそのとき──

別の牢番が転がり込むように駆け込んできた。


「コ、コルストン様っ! た、大変です!」


「なんだ、騒々しいぞ!」


 叱責の言葉を吐きかけたコルストンは、ふと相手の手を見て息を呑んだ。


「な……なぜ、剣を抜いている?」


 牢番の右手には、鞘から抜かれたままの剣が握られていた。

その刃先には血がついている。


「族の襲撃です! 相手は獣人! 正門から押し入ってきました!」


「な、なんだと!?」


 怒号が反響する。

鉄格子の向こうでは獣人の親子が悲鳴を上げた。

モーティシアの眉が不快そうに歪む。


「……信じられない。コルストン? どうなっているの?」


 コルストンの喉が鳴る。

襲撃──それ自体は想定していた。


 奴隷売買で巨万の富を得た。

恨み、妬みは売るほどあった。


 だからこそ、屋敷の武装は過剰なほど整えていた。

だがよりにもよって、モーティシアがいる時にとは……。


「モーティシア、すぐに安全な部屋へ!」


 コルストンの脳裏は混乱していた。

もはや彼の思考は、妻の安全のことで埋め尽くされていた。

だから、気づかなかった。


 ──この襲撃が、

彼とモーティシアが揃っている“この瞬間”を狙って仕組まれたということに。


 彼は最後まで、気づかなかったのだ。


「ちょっと待ちなさい、コルストン。

 この親子はどうするの? 早く屋敷に運びなさい。

 族が出たなら、こんな臭い場所にはいたくないわ」


「モーティシア……今はそんなことより、君の安全が最優先だ」


「……そんなこと?」


 空気が凍りついた。

その冷気は、モーティシアの全身から立ち上るようだった。

コルストンは息を詰め、膝が震えるのを感じた。


「この親子を馬車に載せなさい。そのまま屋敷へ向かうのよ」


 安全な場所で籠城する──そのつもりだった。

しかし、コルストンの考えはすべて、愛する妻の一言で粉砕される。


「それが……」


「なに? はっきり言いなさい」


 牢番が言い淀む姿に、モーティシアの眉が釣り上がる。

牢番は青ざめた顔で報告した。


「脱出用の裏門が……何者かに封鎖されています!

 馬も、コルストン様の馬車も……すべて破壊されています!」


「な、なんだと……?」


 コルストンの背筋に冷たいものが走った。

あのヴェロニカが“逃げ道”を見逃すはずがない。


 ──この時点で、勝負はもう決していた。


「……獣人どもに武器を配れ」


 狂気じみた声に、牢番たちが顔を見合わせる。


「な、何を言っているんですか!? コルストン様!」


「うるさい!」


 怒号が響く。

コルストンの顔は汗で濡れ、血走った目が狂気じみていた。


「奴らには首輪がある! 逆らえはしない!

 武器を持たせて、族どもを殺させろ!」


 牢番たちは顔を見合わせる。

その時、モーティシアが深いため息をついた。


「……ねえ、いつになったら屋敷に帰れるの? こんな臭い場所、もううんざりよ」


 あまりに呑気なその声に、牢番たちの視線が一瞬、彼女に集まる。

しかし、モーティシアはそれすら気づかない。

興味があるのは、退屈からどう逃れるか──ただそれだけ。


「早く行け!」


 コルストンが叫ぶ。


獣人じゅうじんどもに武器を配れ! 奴らに族を殺させるんだ!」


 彼の声が、収容所の冷たい石壁に反響した。

その叫びは、恐怖と絶望の合唱の始まりだった。




 さてさて、その頃──ヴェロニカお姉さんは何をしていたかと言うと。

カーターくんと一緒に“探し物”をしていたのよ。


 でもね、これがまぁ……苦労したのなんのって。


 てっきり魔法使いのカーターくんなら、杖をくるっと回して

『探知の魔法!』とか言えば、探し物がピカーッと光って見つかると思ってたの。

でも──


「そんなこと、出来ませんよ」


 だって。

なんだったかしら? 魔力妨害? 魔力残留物質? 何とかかんとか……。

専門用語を並べられたけど、正直、ちんぷんかんぷんだったわ。


 とにかく、結論としてはね──

「自分の手で探せ」ってことだったの。

ええ、泥臭く、這いつくばって、よ。


 こんなことなら、目ざといオイレちゃんを連れてくればよかったわ。

でも彼女だと、探し物自体がわからないそうよ。

……ままならないわねぇ。人生っていつだって、そういうものでしょう?



 さて、“目的のブツ”を見つけた、私達が廊下を進んでいくと──

血の匂いが濃くなった頃に、ライカちゃんとオイレちゃんと合流したわ。


「あらあら、血だらけですね? 怪我をしましたか?」


「いや、軽い切り傷ぐらいだ」


「私もだ。殆ど、返り血だ」


「そう。それは何よりです。安心しました」


 ふぅん……情報通り、大した兵士は雇っていなかったようね。

さすが無能。見事なコストカットぶりだわ。


 ──そして、ここがクライマックス。

見取り図どおりなら、残る部屋はあと一つだけ。


 奴隷商人コルストン。

あなた、本当に救いようがないわね。

コスト管理もできず、危機対応も甘い。

お留守番係すら任せられない。


 けれど──

無能にも、使い道はあるのよ。


せいぜい、私の“好感度稼ぎ”の糧になってもらうわね。



──続く。




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