第12話
はいはい、ヴェロニカお姉さんよ。
みんな、元気にしてた?
あれから本当に――大変だったの。
コルストンとかいう商人の屋敷に突撃しようとするライカちゃんを止め、
毒瓶を片手に商会へ殴り込みかけたオイレちゃんを説得し、
「火あぶり……火あぶり……」と呟き続けるカーターくんのメンタルケアまで。
全く、手のかかる子たちだわ。
暴力で悲しみの連鎖は止まらないって、いつになったら理解してくれるのかしら。
お姉さんを見習ってほしいわね?
……なに、その目。文句ある?
はぁ。ほんと、異世界転生ってもう少しのんびりしてるものだと思ってたのよ。
たとえば、美しい女神様と田舎暮らし。
畑を耕し、種を蒔き、夜は焚き火を囲んで笑い合う――
ね、素敵でしょう?
でも考えてみれば、開墾に始まり、種まき、収穫、宴、領地争い、水利問題、
傭兵雇用、隣村の農奴化……
……あら? 結局、支配構造の再生産じゃない。
“のんびり”って、案外、難しいものなのね。
まぁ、それでも情報は集めていたわ。
非常に――効率が悪かったけどね。
単独行動させると、すぐ事件を起こすのよ、この子たち。
衛兵と口論したとか、卑猥な冗談に反応して半殺しにしかけただの。
今こうして全員が自由でいるのが奇跡よ。
だから、今回は全員で固まって動いた。
おかげで時間はかかったけど、情報は十分。
お姉さんからのアドバイス。
情報は多ければいいってものじゃないの。
ある程度集めたら、あとはノリと勢いでどうにかするのよ。
――高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に。
ね、いい言葉でしょう? 私、大好きなの。
何? 要するに行き当たりばったりかって?
そうよ。
でも、それを“計画的混沌”って呼ぶの。
世界ってだいたい、そんなもんでしょ?
「……ここだ」
オイレちゃんの声。
私たちは草むらに身を潜め、夜の闇に溶けるようにして様子をうかがった。
街の外れ。森を切り開いて造られた工事現場の一角に、それはあった。
粗末な鉄柵に囲まれた簡易の収容所。
鎖の音、くぐもった悲鳴。
コルストンは手広くやっているようね。
奴隷売買だけじゃなく、公共事業の“人足供給”まで。
労働と搾取を一手に握る――なるほど、まさに資本主義の申し子。
でも残念、馬鹿ね。
劣悪な環境のせいで奴隷がバタバタ死んでいるそうよ……
労働力を潰せばコストは跳ね上がる。
そんなことも計算できないなんて、操る価値もない。
「……牢番、多いな」
ライカちゃんが低く言う。
「街の衛兵に見つかったら面倒です」
カーターくんも頷く。
「大丈夫。今日は衛兵隊長の誕生日パーティー。巡回は手薄よ」
私は囁き、ヒールのかかとを土に押し込む。
「パーティの邪魔をしないように、ササッと片付けてしまいましょう。
カーターくん、魔法は目立たないものでお願いね」
「わかりました」
杖先に灯した微光が、風に溶ける。
「……牢番はどうする?」
オイレちゃん、それは愚問ね、と思いながらも優しく答える。
「見つけたら、始末。今度は彼らが代償を払う番よ」
オイレちゃんの目が冷たく光り、ライカちゃんの唇が引き締まる。
カーターくんは杖を握る手に、力を込めた。
その変化を見て、胸の奥が少し熱くなった。
この目、この覚悟――たまらなく好き。
「さぁ。行くわよ」
──四つの影が、夜の闇へと滑り出す。
コツ、コツ、コツ。
石畳を叩くヒールの音が、空気を震わせた。
「臭いわね。鼻が曲がりそう」
白いドレスの女――モーティシアが、ハンカチで口元を覆う。
「だから言っただろう、君のような人が来る場所ではないと」
後ろを歩くコルストンの声は震えていた。
「仕方ないじゃない。あなたの選んだものは、どれも“つまらない”のだもの。
だから、わざわざこんな場所に来て、私が選ぶ羽目になったんじゃない?」
モーティシアは鉄格子の中を覗く。
痩せた獣人たちの目に、怒りも涙もない。あるのはただ、静かな諦め。
「ふぅん……退屈ね」
紅い唇が、ゆっくりと吊り上がる。
「ねぇ、親子の房はどこ?」
「な、何を……」
「いいから案内して?」
その声音が甘いほどに冷たかった。
コルストンは観念し、牢番に目配せをする。
牢番は頷き、錆びた鍵を回す。
「……こっちだ」
コルストンは、重い足を引きずりながら妻の先を歩き出した。
収容所の門は暗闇の中、松明の明かりだけが揺らめいていた。
あたりには虫の歌が響くばかり……
「ほわぁ……クソ、眠い」
牢番があくび混じりに悪態をついた。
「少しは真面目にやったらどうだ」
隣の牢番が呆れたように言う。
「だけどよ、こんなとこに誰が来るってんだ──」
その時、彼の視線が止まった。
暗闇の奥、通路の端に“何か”が立っている。
女だ。
街でも滅多に見ないほどの美貌。
身体にぴったりと張りつく衣装が、柔らかな線を描く。
牢番はその顔を照らすために松明を掲げ、彼女の髪にかすかな光を宿す。
牢番たちは顔を見合わせた。
不審者だと分かっていながら、理性より先に欲望が動く。
──そのとき、音が違うことに気づく。
地面を叩く音は、靴のそれではなかった。
コツ、コツ、と硬く、鋭い。
まるで爪が石を引っかくような音。
松明の炎が揺れ、女の足元を照らした。
そこに見えたのは――猛禽の脚。
「じ、
叫ぶより早く、刃が閃く。
オイレの投げナイフが牢番の喉を貫き、血飛沫が灯を染めた。
「クソッ!」
悪態を吐きながら、もう一人の牢番は剣を抜いた。
相棒が倒れた。だが、立ち止まる暇などない。
闇の向こうから、短刀を構えた獣人の女が疾駆してくる。
動きが速い。手加減をする様子は全く無い。
──しかし、それは無駄なことだったようだ。
「こっちだ、間抜け」
声に反射的に振り向いた瞬間だった。
──影が、月光を背に立っていた。
狼の耳、鋭い牙、そして両手に構えた斧。
ライカの一撃は風を裂き、骨を砕いた。
鋼鉄を割るような衝撃音が響き、牢番の身体は片側から切り裂かれた。
血飛沫が壁を染める。
「お上手。とっても素晴らしいわ」
パチ、パチ、と拍手。
音が異様に澄んで響く。
闇の奥から現れたのは――黒いスーツの女。
ヴェロニカ。
傍らには杖を携えた猫族の青年、カーターがいた。
ヒールが鳴るたびに、場の空気が切り替わる。
まるで舞台の照明が彼女を追って動くみたいに。
「とても──気に入ったわ。
舞台の幕開けには、少し血の色があったほうが映えるわ」
──しかし。
足元で呻き声。
投げナイフの刺さった牢番が、血を吐きながらこちらを見上げている。
「た、助け……て……」
ヴェロニカはため息をつくと、腰のマチェーテを抜いた。
一瞬、刃が光り、次の瞬間には沈黙と鮮血が舞った。
「うん……悪くないわね。いいものを拾ったわ」
指先についた血を軽く拭い、唇を吊り上げる。
「オイレちゃん、あなた鋭いけど詰めが甘いのよ」
オイレは俯き、こくりと頷く。
「いい子ね。素直な子はお姉さん大好きよ」
血の匂いが漂う中、ヴェロニカは微笑んだ。
それは狂気ではなく、支配の象徴の笑みだった。
「さて、門番は片付いたわね。
次は――」
彼女の瞳が、門の奥を射抜く。
「奴隷商人コルストン。そしてその妻モーティシア。
家でおとなしくしていればよかったのに……
外に出た馬鹿には、お仕置きが必要よ」
ヒールで粗末な門を蹴り飛ばす。
木材の悲鳴が夜に響いた。
「――さあ、楽しくなってきたわね」
その笑みは、怒りでも復讐でもない。
完全に“支配する側”の女の微笑だった。
──続く。
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