第10話
さてさて、奴隷市は朝の広場で催されるらしい。
本当なら、運営している商人を始末して商売を丸ごと乗っ取るのが一番早い。
だが、それをやれば――ライカちゃん達の信頼は二度と戻らない。
「……見に行きたくないな」
ライカちゃんの言葉──
獣人にとって“奴隷市”という言葉は、
聞くだけで吐き気を催すほどの忌まわしいものみたい。
「はい……僕もそうです」
「なぁ……やめておかないか?」
カーターくんにオイレちゃんまで。
足取りは重い。
通りを曲がる。
うん……かなり気まずい雰囲気──
でも、必要なのよ。
狩人から仕入れた金額がどの程度の価値なのか、知る必要があるの。
朝日が石畳に反射し、ざわめきと共に風が吹き抜ける。
視界の先に、広場が見えた。
そして――そこに広がっていたのは、まさに予想通りの光景だった。
壇上で男が叫んでいた。
その足元には、幼い子供のような体躯の獣人達。
粗末な布切れを纏い、首には鉄の輪。
虚ろな瞳だけが、生き物の証のように光を反射している。
「さあさあ! お立ち会い!
今日最初の品は掘り出し物だ!
見ろ、この肌の柔らかさ、まるで絹のようだ!」
男は獣人の服を、一人、また一人と乱暴にめくり上げる。
そのたびに群衆がざわつき、卑しい笑いが飛び交った。
「そんな小せぇの、仕事にも使えねぇだろ!」
誰かが叫ぶ。
男は口角を吊り上げ、歯をむき出しにして笑った。
「仕事? ああ、違ぇよ。こいつらは“慰み用”だ。
臆病で声も小せぇ。いいだろ? お前の嫁さんよりも、ずっと上等だ!」
ざらついた笑い声が広場を満たす。
ヴェロニカは無言でその光景を見つめていた。
目の前の惨状よりも――この笑い声のほうが、ずっと醜く思えた。
「す、すいません……ぼ、僕……もう……」
カーターくんは口を押さえ、路地裏へと駆け込んだ。
背中が小刻みに震えている。
「カーター!」
オイレちゃんがすぐに追いかける。
ああ、吐いてるわね。
この市場の空気が気に食わなかった――というより、何かを思い出したのかしら?
奴隷にはされていなかったはず。
けれど、壇上の光景が……誰かを重ねさせたのね。
家族か、恋人か。うふふ……興味深いわ。
「なぁ……これを見たかったのか? 流石に酷すぎる。カーターはな……」
「ストップ。」
ライカちゃんの言葉を遮る。
「そういうことは、本人から聞くわ。そのほうがいいでしょ?」
ウッと喉を鳴らして、ライカちゃんは黙った。
いい子ね。
さて――感傷に浸ってる暇はないわ。
「オイレちゃんにはカーターくんを頼むわ。
ライカちゃん、あなたは私と来てちょうだい。
女二人のほうが、人混みでも目立たないでしょう?」
あらあら……本気で嫌そうな顔ね。
駄目よ。
“市場調査”は、経営者にとって一番大切な仕事なんだから。
「うう……流石にウチでも堪える。誰彼構わず、斧を振り回すところだった」
あらあら、過激。
お姉さん、そういうのも嫌いじゃないけど、今はやめてほしいわね。
市場調査を終えたライカちゃんは、すっかりグロッキー。
昼を過ぎる頃には奴隷の出品も終わり、
代わりに食料品や武器の商いが始まっていた。
武器の売買が、まるで野菜のように並んでいる。
それに違和感を覚えるのは、どうやら私ぐらいらしい。
──収穫はあった。
市場に出品される品物のお陰で、大体の値段が掴めた。
私の感覚で言えば、獣人奴隷の値段は――
家畜と同じ。
同じ知的生命体でありながら、値札一枚。
なるほどね、人間は彼らを“人”とは見ていないわけだ。
それでいて、欲望の対象にはする。
しかも、特殊性癖としてではなく“日常の延長”として。
文明とは、なんて便利に残酷なのかしら。
「なぁ、もういいだろ?
これがウチら
ライカちゃんが吐き捨てるように言う。
ああ、早くこの場所から離れたいのね。
「わかったわ。もう、ここには用はないし、
カータくんたちの様子を見に行きましょう」
「そ、そうか……よかった。それとさ……」
「ん?なにかしら?」
ライカちゃんは言いづらそうに、声を潜めた。
「カーターなんだけど、あいつは奴隷については、その……」
「……大丈夫。お姉さんに任せておきなさい」
ライカちゃん……仲間のことが気になるのね?
「奴隷なんてナメた真似をしている奴らには“お仕置き”してあげるから──」
私の言葉に、ライカちゃんは黙ってついてくる。
まるで、私が
正義の味方とでも、思っているかのように……
正義──
そんなものには、何の意味もない。
それは、気に入らないやつを、ぶっ飛ばすときに使う方便なのだから……
その後、青ざめたカーターくんと心配そうなオイレちゃんを回収して、
私達は広場を離れた。
「大丈夫? カーターくん」
「はい……すいません」
あらら、相当参ってるわね。
オイレちゃんもライカちゃんも、まるで子供を心配する親みたいな顔してる。
これはアレね?
「奴隷商人を脅して上前をはねる」とか言ったら、
今度は私が殺されそうね。
残念だわ。一番楽そうなマネタイズだったのに……
「なぁ、この街の奴隷商人、コルストンとか言ったか?
そいつを殺してしまえば良いんじゃないか?」
あら? ライカちゃん、相変わらず過激ね。
でもね、それは――
「ライカ。いい案だな」
「僕も……あんなことをしている者を許せません」
ちょっと待って?
過激すぎない?
こういう時は普通、“冷静な仲間”が止めるものでしょ?
戦士、斥候、魔法使い。
そんなバランス良いパーティじゃないの?
……
「はいはい、そこまで。まずは酒場で情報収集。定番でしょ?」
なによ、その嫌そうな顔は。
土を掘る前に、情報を掘れって言うでしょ?
――私の目が笑っていなかったのかもしれない。
三人が一瞬、黙った。
「安心しなさいな。貴方達を退屈させたりはしないわ。」
私は唇を吊り上げて笑った。
──私も、バーサーカーだからね。
燃える火種があれば、ガソリンをぶちまける女。
それが、ヴェロニカお姉さんなのよ。
──続く。
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