第9話
適当な露店で首輪を買った。
周りの奴隷獣人たちを観察して、それっぽい形を選ぶ。
路地裏で、ライカちゃんとカーターくんが手早く首に巻いた。
「まさか、ウチが首輪を着けるなんてな」
「はは、僕も絶対に嫌でしたよ。でも、仕方ないです」
そう。着けたことがないのね。
つまり──奴隷にはなったことがないのね?
なるほど。なるほど。
オイレちゃんだけは、首輪を手に取ったまま俯いていた。
「どうしたの? そんなに嫌かしら?」
オイレちゃんは俯いたままゆっくりと話しだした。
「……その、私の部族では……
一族に認められると、一人で暮らす。
それが“自由”で、そこから出会った相手と
家族を持つんだ」
「へぇ。じゃあ、オイレちゃんも一人暮らし経験者?」
「……違う。人間にな……」
言葉が途切れた。
「一族は、もういない。私は、誰にも認められることも……ない」
彼女の目が揺れる。
レジスタンスになって、獣人 《ビースト・マン》のために戦う。
それは、自分で選んだこと……誇りある立場だと思って……
「そんな私には……奴隷が、お似合いなのかもしれない……」
寂しいのね。
自分を見てくれる誰かが欲しいだけ。
一族から認められる前に、一人ぼっちになってしまったから。
評価してくれる人が必要なのね?
「……貸して」
「な、何をする!?」
彼女の手から首輪を取って、そっと首に当てた。
「オイレちゃん。 あなたには、この首輪を引きちぎる権利をあげるわ」
「……は?」
「あなたが私を見限ったとき、好きに引きちぎっていい。
その時は、私を殺しなさい。
そうすれば――あなたは自由よ。
誇りある
「い、今すぐでも出来るぞ。
ライカやカーターと違って、私はお前を信用したわけではない!」
「ええ。別にいいわ。
でもね――これから、私はすごいことをするの。
あなたがこの首輪を“誇り”に思うくらいのことを」
「……誇り?」
ふふ。口では拒んでいても、目がもう答えている。
欲しいのよ、居場所が。誰かに必要とされたいの。
「この私が、自らの手で貴方に首輪を巻いた──
そのことが、貴方の一番の自慢になることを約束するわ」
オイレちゃんは、動けなかった。
──そうして、私は彼女の首に首輪を巻いた。
いい子ね。
あなたの心の底で求める通りに――私が、支配してあげるわ。
取りあえず、偽装は終わったわ。
魔法使いのカーターくん曰く――
魔法による鑑定を受ければ、この首輪がただの飾りだとすぐにバレるらしい。
でも、この世界では鑑定魔法を使うことはとても失礼なことなんですって。
へぇ、プライバシーに配慮する世界ね。
前の世界よりマナーが良いじゃない。
歩き疲れた私は、一足先に宿を取ることを提案した。
……正直、それが一番の楽しみだったのよ。
ライカちゃんたちと出会ってから、ずっと野営生活。
夜風で髪はパサつくし、虫は刺すし。
デリケートな私には外で寝るなんて、ほとんど拷問だわ。
屋根、ベッド、それに――お風呂。
文明レベルは低そうだけど、ノスタルジックな味わいと考えれば、ギリ許せる。
この私が川で水浴びなんて屈辱から解放されるなら、もう何でもいい。
「さぁ、文明の香りを取り戻しに行きましょうか」
そう呟いて、スキップするように宿の看板へ吸い寄せられていった。
「な、何よ……これは?」
私はこの世界に来てから二度目の絶望を味わった。
宿に入り、カーターくんたちに宿泊料金を払わせ、
案内された場所は――軒下。
ベッド……のつもりかしら?
藁が、申し訳程度に敷かれている。
「はぁ〜、流石にウチも疲れたな」
「確かに緊張の連続でしたものね」
「うん……柔らかい。敷いたばかりだな。ツイてる」
おい、オイレ。
何がツイてるの?
どう見ても馬小屋よね? ここ。
「なぁ、何突っ立ってるんだよ? ほら、ここを使えよ」
ライカちゃんが隣の藁をポンポン叩く。
は!? そこに寝るの!?
……ま、まぁいいわ。今はそれより風呂よ。
「ねぇ、お風呂は?」
「あ〜、そこの井戸を使っていいそうですよ」
井戸。
井戸、だと……?
しかも、周りに目隠しの壁すらない。
「水浴び好きだな? 人間はそうなのか?」
オイレちゃんが首をかしげる。
そうなのだ。
彼女たちは“そういうこと”を気にしない。
水浴びも飛び込んで、身体をバシャバシャして終わり。
オイレちゃんに至っては、砂を見つけると頭から突っ込んで、
のたうち回るのが大好きという奇行を見せる。
……怒らないでね?
正直、ちょっと匂うの。
というか、かなり匂うの。
私が神経質なのかしら? それとも、これが異文化理解?
……仲間、間違えたかしら?
「ちょっと、ライカちゃん! 本当に誰もいないわよね!」
私は井戸の縁で叫んだ。
「へいへい。カーターが宿の店主に頼んで、人払いしてもらってるから大丈夫だよ。
てか……眠い。水浴び早く済ませてくれよ」
気の抜けた返事が返ってくる。ライカちゃん、頼むわよ。
「ちょっと! 真面目に見張りなさいよ! ぶち殺すわよ!」
今、私は裸だ。
下着は汗で張り付いてて気持ち悪いし、洗いたい一心で井戸の前にしゃがんでいる。
ここは宿の軒先、と言っても街中に近い場所である。裸になるのは流石に気が重い。
ライカちゃんは、私のために「見張り」をしているはずだったのに——。
因みに、オイレちゃんはあっさり寝やがった。ふざけてるわ。
「つーか、衛兵にすり寄ってたじゃん。
裸見られるくらい、どうでもいいんじゃね?」
「何言ってんの、バカ! 私は露出させるのは好きだけど、
自分がするのは嫌なの! 恥ずかしいでしょ!」
「……なんだよそれ? 勝手すぎね?」
私の言葉の、意味がわからないのは、獣人脳と人間脳の違いよね、きっと。
それより、横に置いてある“アレ”が気になる。
思わず手にとって、ライカちゃんに聞いてみる。
「あぁ、それ? 身体洗うやつだよ。気持ちいいぜ、ウチも好き」
「え? 湿ってるんだけど……ま、まさか……?」
「普通だよ。みんな交代で使うし」
ということは『使用済み』ってこと……?
「ふざけんじゃねぇよ! そんな汚え物を私に触らせたのか! テメェ!」
私はスポンジ(みたいなもの)を投げつけた。投げ力、なかなか良好。
「何すんだよ! いてぇな!」
ライカが立ち上がる。視線が合う。彼女の前には裸の私。月明かりが肌を撫でる。
「こっち見んなって言ってんだろ! ぶち殺すぞ!!」
叫び声が夜にこだまする。
井戸端の水が、ぱしゃり、と静かに揺れた。
朝日が昇るころ、私は行動を開始した。
もう我慢ならない。
元の世界に戻るとか、獣人と人間の確執とか、そんなことはどうでもいい。
問題は――金よ。
コイツらは貧乏。
蜂起だの革命だのと騒いで、結局負けて逃げ延びた敗残兵。
しかも野外生活が当たり前。
衛生観念なんて、獣並みに希薄。
そんな連中に文明を期待した私が馬鹿だったわ。
一刻も早く金を稼いで、文化的な生活を取り戻さなければ。
その執念が、朝靄の街路を踏み鳴らす私の足を速めた。
「でさ、いきなりバシーンとか、洗い場の物を投げつけてきたんだ」
「なんだと? 傍若無人すぎるだろ?」
オイレちゃん。
昨日、一番最初に寝落ちしたあなたに言われたくないわ。
「僕も酷い目に遭いましたよ。人払いを頼んだら、人間達に罵詈雑言……はぁ〜」
カーターくんの嘆きを、私は華麗にスルーした。
お姉さん、弱音を吐く子は嫌いなのよ。
ぶつぶつ、文句を言う三人を引き連れて、私は目的の場所に向かって歩く。
そう──奴隷市だ。
──続く。
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