第5話 氷の中の焚き火
このお話は全て妄想から生まれたフィクションです。
事象など全て架空のものです。
女性が突然こちらを振り返った。
すくい上げるような視線でまっすぐ俺を見ている。
5秒…長く感じたが実際はそのぐらいだっただろう。
彼女がテーブルの上のソーサーを少しずらせてスペースを開けてくれる。
俺がテーブルにつくと再び窓の外へ視線を向ける。
ガラスの向こうを見つめながらこちらへ注意を向けているのは明らかだ。
何となく普段の男からの扱いとそれに対する彼女の気持ちが見て取れた。
こんなときは逆に話しかけることは彼女の壁をさらに厚くすると思えた。
しかし、それを除外しても俺にしては珍しく会話を向けるのに躊躇していた。
コーヒーカップに目を落とすフリをして彼女の横顔にそっと視線を送る。
テーブルに肘をついて暖を取るようにカップを両手で包みガラスの向こうの夜の街をまっすぐ見つめている。
スツールからスッと伸びる背中のライン。
その姿から強い意思を感じる。
しかしゆるくウェーブした髪や淡いルージュの色味から彼女のバランス感覚がわかる。
その両極に興味を引かれる。
そして遠くを見つめるその瞳。
こちらを意識しながらも街を眺める瞳の奥に映る街の風景を楽しむ暖かさが見て取れた。
彼女が見つめている夜景に目を移す。
シグナルが青に変わり人の塊があらゆる方向から一斉に交差点を行き交う。
街は華やいでいた。
そこかしこにイルミネーションが灯され皆が微笑み合って楽しそうに眺めている。
道ゆくカップルがやたら目につく。
待ち合わせ場所に現れた恋人に嬉しそうに腕を絡める。
いつもは気にも留めないものたちに自然と目が行く。
どれくらい街を眺めていただろうか…しかし今夜はいくら見ていても見飽きない。
いつの間にか彼女に話しかけることなどすっかり忘れていた。
ただただ不思議にゆったり流れてゆく時間に気持ち良く漂っていた。
そう気がついて自分でも驚く。
しかしーーこういう自分も久しぶりだなと一人瞳を伏せながら唇の端をわずかに緩めた。
無意識に口に運んでいたのだろう、カップのコーヒーが底をつきかけた時
「12月の渋谷ってこんなに綺麗なんですね」
と彼女が窓の外を見ながら独り言のように呟いた。
驚きとともに嬉しさがにじむ。
しかし顔には出さない。
「そうですね。こうしているうちに気がつきました。普段はイルミネーションになど目がいかないものですから」
彼女が夜景から視線を外し俺を見た。
先ほどまでの硬さは幾分薄れ少し柔らかな視線を俺に向けている。
俺も少しホッとして彼女の瞳を見つめた。
to be continue…
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