一月二日の朝に
紫鳥コウ
1
最初に引いた
空はうっすらと明らんでいた。寒々しい風が目抜き通りを寂しそうに吹き抜けていく。歩道橋の真ん中で立ち止まり、
コンビニに入り、カップ麺やスナック菓子や炭酸飲料を買い、こんもりとした袋を片手に持ちながら、住宅街の外れにひっそりと
敷きっぱなしのふとんを二つ折にして
コンビニはもちろん、家まで戻ってくる間に、ひととすれ違うことはなかった。下を向いて歩いていたから、遠くにひとがいるのに気づかなかった、ということはない。ぼくは確かに、顔を上げて歩いていた。
なにか、はっきりと音らしいものを聞いただろうか。いや、聞いた。具体的には思い出すことはできないけれど、抽象的に表現するならば、朝の音とでも言えそうなものを、確かに聞いた。
年明け早々に麻雀ゲームに
* * *
カーテンに閉ざされた暗い部屋の中に、夕陽が少しだけ差し込んでいる。うっすらと見える天井にじっと視線を注ぎながら、自分の論文のことについて考えた。もう期日までに完成させることができないであろう、修士論文のことを。
哲学や思想が流行らないことも、人文系よりも理数系の学問が持て
ぼくのしている研究はもう、意義すら見出してもらえないし、価値もないと思われているだろう。それをぼくは、身に染みて感じている。
「いまどき、文系の大学院に?」
何度この言葉で殴られたことだろう。殴られたことにカッとなって、殴り返したくなったのは、何回あっただろう。知人や友人だけでなく、親類にまで言われる始末だ。いまでは、自分でもそう思ってしまうときがある。
「わたし、実は研究者をしているんです」
あの日、彼女はさらりとそう告白した。
「なにを研究しているんですか?」
そう
その告白を受けてから、小説が好きという共通点でアプリを介してマッチングした彼女と、もう二度と会わないことに決めた。
好きだった。気が
重い腰を上げて部屋の電気をつけ、本棚から文庫本を三冊取り出した。布団に腹ばいになり、読み古した小説を飛ばし飛ばし読んでいく。フィクションの中の恋愛は、どうしてこう、ぼくの過去の恋愛を思い出させるのだろう。書かれているのは、現実にはありもしないようなことに違いないのに。
交換したまま、もう連絡を取っていない理系の研究者の彼女――
まだ好きなのかと問われれば、未練がないとは言えないと答えるしかない。だけどもう、誰か他のひとと付き合っていることだろう。誰とも付き合っていないところを想像することができない。それくらい、彼女は魅力に
痛む心の傷を
履歴を
なにかメッセージを送ってみようか。そう思ったのは、いったい何度目のことだろう。文面を考えている間に、悲しくなって、涙が
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一月二日の朝に 紫鳥コウ @Smilitary
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