演説は終われない


 一つ目の演説を終わらせ、直衛引き連れて兵舎の方へと戻る。興奮冷めやらぬといった様子だが、こういう時こそさっさと退散するに限るのだ。私が居ると、話し辛いだろう。噂は私を大きくしてくれる。多分。

 全体演説は終わった、次は銃兵諸君相手にまた喋らなきゃいけない。なんてこったい。また一段と、レベルの高い話をするのか……。少ない引き出しが悲鳴を上げてます!

 

「お嬢様、素晴らしい演説でした」

「……本当にそう思ってる?」

「勿論です」


 ロブが人好きそうなお顔を真面目にして、そう言ってくる。ほんとかなぁって思っちゃうな。何でもかんでも褒めてくるからな~。否定が無いと肯定を信じられないってのも笑える話だが。雰囲気を見る限り、本気で言ってそうなんだけどねぇ。

 

「……けほ」

「大丈夫ですか?」

「えぇ」


 別に大丈夫じゃないです。西方鎮圧の時に鍛えられたとはいえ、私の喉は別に強くない。性別特有の声質とかあるからねぇ、演説には色々苦労している。

 あんな感じの大人数に話す時には、腹から声出したり、身振り手振りで補完できるようにしております。練習ばっかりで嫌んなっちゃうよ。前世で演説なんかしたことないし、精々カラオケぐらいか?ぶっちゃけ記憶が……。十六年も生きてれば、必要なもの以外から消えていく。


「休憩は?」

「銃兵の集合まで」

「少しあるわね」


 兵舎の簡素な食堂に着く。長机と椅子が直線的に並ぶ先にある椅子へドカッと座った。私から見ると縦に見える長机が、私を指差している様にも感じられる。まだ六人しかいない食堂は、広々としていた。

 何話そ、マジで。流石に全体よりかはしっかりと、それでいて深い話をしなきゃならない。期待値を超えるか、最低でもボーダーに乗らなきゃ求心力が下がる。つまり、私が死ぬ可能性が高くなるってこった。


「ねぇロブ」

「案ならありませんよ」

「何も言ってないじゃない……」

「先程の演説で分かりました。やはり、お嬢様は期待を裏切らないと」

「……そう」


 裏切らないじゃないんだよね。裏切れない、なんですよね。しくじれば求心力低下、いければボーダー上昇。勘弁してよね。いや本当に。

 他の四人も一応見回してみるが、どうにも同じ感じらしい。目がキラキラじゃないんですけど、何か深くなってはいる。間違いない。上がってない?ボーダー。


「……失礼します。お嬢様」

「えぇ、ご苦労様」


 魔法銃兵の諸君が少しずつ食堂へと入ってくる。私に一礼と敬礼をセットで行った後、奥から座っていく。まずったな、別室で待っとけばよかった。これじゃテンポが悪くなるし、私もみんなも疲れちゃう。

 やっぱ完璧じゃないわ、私。こういうお茶目なミスする奴なんですよ、ほんと。なんで完全無欠みたいな扱いを……。


「失礼します」

「ご苦労様」

「失礼します」

「……ご苦労様」

「失礼します」


 だめだこりゃ。私は手を少し上げるだけに留めるようになりました。ごめんなさい、声と腕が始める前に死んじゃうわ。続々と座っていく諸君。

 やがて、広々とした食堂はすっかり兵士たちで埋まってしまった。さっきと違って流石に少ない。だけど、西方から私と一緒に戦ってるだけあって顔つきや雰囲気が違う。

 異動する羽目になった私が、必死こいて選抜した皆様ですからね。魔法銃兵ってだけでエリートなのに、そこから結構絞ってますからね。選り抜きの百人強。


「お嬢様。全員揃いました」


 総隊長のクラリスが報告してくる。灰髪のウルフカットお姉さんですね、顔は狼みたいな強さがある感じ。私が適当なこと言うと、結構論理的に詰めてくるタイプ。逆に論理が通ってたら基本的に聞いてくれる。私が甘いものを食べるべき十の理由、とかいって適当吹いたら飴ちゃん買ってきてくれる。そんな可愛い所もある人です。


「……よし!」


 ピョンコ!と椅子から立ち上がる。別に皆はもう気心知れてるからね。多少雑にやってもいいでしょの精神です。とはいえ、何話すかはまたアレなんだよね。決まってないっすね。

 すっかり静まり返って、全員が私を見ている。また違った感じの緊張感が場を包み込む。音は無い、私は全員を見回した。いい顔だ。


「皆、ご苦労様!」


 偽らざる本音から始める。弱兵を鍛え、私を守る。難しい事を、やってくれた。


「まずは兵士の訓練。よく形にしてくれた」


 褒めても浮つかない、精鋭の証だ。数ヶ月で私から見ても、形になってるって凄いんすよ?


「私は皆が優秀であると疑わない。だからこそ、期待は高かった」


 優秀じゃないとそもそも呼んでないからね。結構な数、トライアル実施して落ちてるし。全員実戦経験ありの中で選んでる上で選抜してるもの。私なら絶対に落ちてる。


「しかし……想定は裏切られ、たった数ヶ月で訓練は完了された。実施ではなく、完了」


 シンプルに凄いと思います。私なら一年平気で掛かった上で、そこから伸びちゃうだろうし。

 しかもとにかくやりました~。じゃなくて、しっかり錬成が終わってる。それが何より凄い、兵士のモチベもあるだろうけど、しっかり要点を抑えている証左だ。


「私はこの偉業に、拍手を贈りたい」


 一人でパチパチパチと手を叩く。ちょっとぐらい嬉しそうにしてもいいのよ?浮つかないのは精鋭の証拠だけど、無反応の中で拍手するのはちょっと辛いかも。


「……これで、準備は整った」


 パン!と最後に大きめの拍手で場の空気をリセットする。よし、話を変えるぞ。


「皆、我々は再び戦いの渦へと身を投げる。つまり、四年前が還ってきた」


 思い出されるのは西方の鎮圧。あれも普通に大変な戦いだったぞ。二度とやりたくないって思ってたはずが、どうしてこんなことに。


「フェゼル攻囲戦、ビーレ撤退戦、コルドー会戦。……三年続いた戦いに、私は確かな絆を感じている」


 皆の視線が一気に強くなった。心なしか、場の空気も暖かくなっている気がする。実際、私も絆は確かに感じてるからね。撤退戦とか、皆が守ってくれないと絶対死んでたし。空腹、疲弊、再編成と普通に地獄だったからな。相手には、恨み数倍にして返してやったけど。


「次は見えない敵だ。これまで以上に、難しい任務になる」

 

 マジで難しいんだよな。ごろつき捕まえるにも、一応は法が無いと圧制者として向こうの攻撃材料になっちゃうからね。しかも私たちは外様だ。逆風しか吹いていない。


「いつも通り、逆境は充分」


 西方鎮圧の時も、普通に足りない尽くしだったからな。私が本家を揺すりに揺すってようやく形にしたって部分は無い事も無い。いや、文句言っただけなんだけどね。結果的に成功したからいいんですけど、綱渡りしかしてないんだよなぁ。


「しかし私は、諸君とならば勝てると……心より信じる」


 ここまで来るともう絆と、今まで通り勝ってきた自信に訴えかけるしかねぇ。実際、心から信じてるし。

 そろそろボルテージ上げてくぞ。喉も痛くなってきた気がするし。


「暗殺!懐柔!謀略!あらゆる敵が我々を襲うだろう!」


 だから揺れてくれるなよ。流石の私も、戦友を失うのは心から悲しい。


「だが私は皆を裏切らぬ!皆も私を裏切らぬ!」


 言い切る事によって結束も上げます。いや、上がって下さい。優秀な人に対しての演説は難しすぎる!


「ならば!」


 ここで溜めます。グッと言葉を止めて、皆の目をしっかりと眺める。全員、私の目を見ていた。素晴らしい。


「いつも通り、勝つだけだ」


 そう私が言い切った瞬間、皆が一気に立ち上がって敬礼してきた。私も同じように返す。しばらく沈黙したまま敬礼を交換する時間が過ぎる。

 よかった、何か思うところはあったみたいで。例によって色々考えながら、話したけど、上手くいったか?多分。


「お嬢様。必ず勝利を」

「共に頑張りましょう。クラリス」

「勿体無きお言葉です」


 敬礼も程々に切り上げ、訓練へと戻っていく皆を見送っていく。最後の一人であるクラリスと言葉を交わし、見送った。

 私と直衛だけが部屋に残った。最初とは違って熱気の気配が残る部屋の中で、何とも言えない空気になる。え、何?直衛の皆もお言葉が欲しい感じ?


「ねぇ」

「何もありませんが」


 ロブが少し不満げに言う。不満があると左目を細める癖、治って無いわよ。後、まだ何も言ってないわ。……こっちも先制してきてどうすんのよ。他の皆も、私の方を少しだけ不満気に見ている。放置するのはちょっと私的にも無いわね。


「取り敢えず、飴舐めていい?」

「どうぞ」


 今度はイリルが返答してくる。カワイイ顔がプクついてますよ、ほんの少しだけど。何か、持ち回り制とかなの?守ってくれてる皆が内側を向いてるせいで、檻みたいになってない?大丈夫そう?

 はちみつ飴をモゴモゴと舐めつつ、何を話すか考える。まぁ、個人にフォーカスした話がいいか。


「思えば、ずっと一緒に居てくれるわね」

「お嬢様も我々も、長い付き合いになりますね」


 モーリスが細目を開きつつ、返してくる。真面目な話だと開くのよね、結構真剣に捉えてくれてるのね。

 最初に見た頃の皆は、もっと若かった。私が成長すると共に強く、絆も強固になっていった。いつまで私を守ってくれるのだろうか、と思う日もある。


「私には敵が多いの」

「存じ上げております」


 デレクが重く肯定する。前で手を組む癖、絶妙に似合ってなくてポイント高いのよね。

 いつ裏切られるかと昔は恐れてたけど、ついぞ無かったわねぇ。もし裏切られたら、私が絶対悪いってなるのは相当よ。


「貴方達がいないと、私は死んでたわ」

「……」


 シーラが重く首を振る。茶色の髪が、静かに揺れた。活発な顔立ちに似合わない仏頂面は、とっくに見慣れたもので。

 貴方達がいなかったら、両手じゃ効かないぐらい暗殺されてたと思います。誇張抜きで。だから、伝えられることは一つだけ。


「だから、感謝を」

「お嬢様……」

「これは公人として……ではなく」


 椅子に座って全員を見上げる形になる。そして、へにゃっとした、言葉にならない笑顔。我ながら、滅多に見せないと思う。


「一人の少女、ソフィアとして言うわ」


 珍しく皆の目が潤んでいる気がする。言われてみれば、こんな感じで改まって言うことも無かったなぁ。まぁ、これも本音だからさ。誰も見てないし、偶には許してよ。


「守ってくれて、ありがとう」


 そう言って、頭を深々と下げた。何となく恥ずかしくて顔を上げられない。だが、何の反応もない。

 不思議に思って顔を恐る恐る上げると、直衛の全員が泣いていた。えぇ……見たこと無いわよ、泣いてるの。そこまで重く捉えなくてもいいんだけど。


「……ぐぇ!」


────そうして、私は無言で泣く五人に抱きしめられましたとさ。

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