第18話 僕と電脳世界

私の調査メモ(これは書けません)


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サチコという名の女の子に行方を求めて。

町に戻る車の中で。

カイト君は一心不乱に携帯電話に文字を打ち込んでいました。

ハンドルを握りながら、助手席に身を預けるカイト君に話しかけます。

「ちょっと休憩しようか」その提案に、カイト君は頷きます。


道路脇の駐車スペース。

まだ都会から遠く自然の多いこの場所では、時間の流れが止まって思える。

ゆっくりしていていい筈はない。

しかし、私はカイト君と…話がしたかった。

「私は、もう感染していなかったんだね。」

返事を期待していた訳ではありません。

今のカイト君にとって、『話をする』行為は、大変に神経を使うものです。

それでも私は喋らずには、…言葉を交わさずにはいられませんでした。

「そうです。」

カイト君が、言葉で返事を返してくれました。

「そして、君は感染してた。だから、喋らなかったんだね。」

「そうです。」

「教えてくれれば良かったのに…。」

彼は一人で、恐怖を、言葉を、感情を噛み殺しながら、じっと耐えていたのです。

「私に、気を遣ってくれてたんね…。私が怖がっていたから…。」

…彼はじっと、耐えてくれていたのです。

彼が携帯電話を取り出します。

そして…。

メールが届きました。送り主はカイト君です。

【呪われた血】の正体が解った以上、カイト君自身が感染の拡大や進行を誘発させる行動をとるわけにはいかない。

カイト君のコミュニケーション手段は、言葉ではなく、書き文字を使うしかないのだ。



『僕の話をしてもいいですか?』

そこには、彼の17年の半生が記されていました…。


僕の両親は、ネットゲームのマニアだった。

いや。マニアなんて生温いものじゃ無い。

中毒だった。

ネットゲームの世界では、時間が全てだった。

両親がハマっていたゲームは僕が生まれる前から運営されていたもので、

歴戦のプレイヤーが激しく鎬(しのぎ)あっている、そんな殺伐とした世界観だった。

そんな世界での上位プレイヤーは、まさに英雄だった。

父は『漆黒の剣士ラーハイト』

母は『閃白の騎士キラメイト』

両親は、生活の全てをネットゲームに費やした。

他プレイヤーよりもたくさんレベルを上げて。

他プレイヤーよりもレア武器を入手して。

他プレイターよりも高みに立って。

それが全ての世界だ。

それを制するために、両親は全ての時間を費やした。

1年365日。

働く時間。

遊ぶ時間。

話す時間

寝る時間。

その全てをだ。

全ての時間をパソコン画面の前で生きていた。

親類から借りた金や貯金を食い潰しながらね。

で、僕はその両親をサポートする役目。

ゲーム世界の中では、両親のレベル上げのサポートと金稼ぎのバイト。

現実の世界では、コンビニへ両親の食事の買い出し。

遊びに行く暇なんて、無かった。

学校に行くことすら、ままならなかった。

会話なんてものも、全く無かった。

…でもネットの中ではあったかな。「次は地下墓地の29階層を目指す」とか。

こんなの、普通じゃない。そんなことは、解っていたよ。


で。

ある日。

終わりがやってきた。

なんだと思う?

【サービス終了】だよ。

運営会社が不祥事を起こしたみたいでさ。

あっけなくゲームは終焉した。


僕は喜んだ。これで両親とゲーム以外の話ができる。

…と。

思っていたら。

両親は、死んだ。

『生きる居場所を失くした』

そう遺書には書かれていた。


その後、僕は遠い親類に引き取られた。

あんな両親だったから、僕の引き取り先にはかなり揉めたらしい。

その上、社会とまともに接してこなかった自分は、他所のお宅では腫れ物扱い。

部屋とパソコンと携帯電話を用意され、あとは好きに生きろ。

そう言われた。


その後の僕は…。

インターネットで無駄に知識を詰め込みまくって。

ネットゲームの中でしか社会性を築けなくて。

家族全てを失っても、その元凶だった電脳の世界にしか、僕は居場所を見出せなかった。


そんな自分が本当に大嫌いた。

違う人になりたかった。

違う名前を名乗りたかった。

それが…『音撃のカイト』。

…悔しいけど、今は両親の気持ちが少し解るような気がするよ。



『それが僕だ。結局僕は、電脳世界に引き篭もるしかなかった。』


壮絶な過去だった。

彼の居場所は、電脳の世界にしかなかった。

それが、彼が自身を維持する手段なのだ。

私には、彼のその生き方を否定する権利は…ない。

彼の辛さを想像し、私の頬に涙が流れる。


でも、何故、カイト君は、その話を私にしたのでしょうか。

以降、目的地に辿り着くまで、彼の指は携帯電話の画面を滑り続けていた…。


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