第27話 暗黒の牙

――夜が、喰われていた。


鐘楼の鐘が最後の一音を鳴らし終えた瞬間――

都市ガルドの大地が、悲鳴を上げるように裂けた。


「……な、なんだ!? 地面が……!」

「逃げろ! 魔法陣が――っ!」


路地にいた人々が叫ぶより早く、地中から黒い炎が噴き出した。

それは火ではなかった。

まるで“光そのものを喰らう炎”。

見る間に街路灯が、家々が、空気ごと闇に飲み込まれていく。


そしてその中心で、黒衣の集団が詠唱を始めていた。


「主よ、闇の顎を開け。我らが供物を喰らい、顕現せよ……!」


信徒団――〈深淵教団〉の闇術士たち。

十数人の影が地を囲み、血を捧げ、陣を完成させる。

巨大な魔法陣が地面を這い、都市の半分を覆った。


 天空に、黒い稲妻が走る。


 都市ガルドの空は、もはや夜ではなかった。

 黒炎と瘴気が渦を巻き、星々の光を覆い尽くしている。

 大地はひび割れ、倒壊した建物の残骸が無数の影を生んでいた。


 そして、その影の中心に――“それ”はいた。


 六本の影腕を持つ巨獣。

 全長十五メートル、影を含めれば二十を超える黒の塊。

 裂けた顎の奥には、紅蓮の光核シャドウ・コアが脈打ち、

 まるで生きた呪詛の鼓動のように街を震わせていた。


名を《暗黒魔獣アドナイル》。


生きる世界が拒絶するほどの魔圧を纏い、都市の上空を覆い尽くす。

それが咆哮するだけで、街の建物が崩れ、光は掻き消される。

 そして、倒れた者たちの影からは、無数の“影従者”が生まれていた。

 犬、蛇、人、翼――闇が形を成し、兵を食い尽くす。




「……っ、全軍、突撃!」

「怯むな! この都市は……我らが守る!!」


 騎士団長の声が響く。

 鎧を鳴らし、数百の騎士が広場へ突進する。


 だが、アドナイルの影がひとたび伸びるだけで――

 十数人が蒸発した。


 黒炎の衝撃波闇衝波

 “触れたものを存在ごと消す”絶望の力。


「――化け物だ……! あんなの、人が……!」

「退くな! 退いたら全てが……!」


 叫びが、恐怖と勇気を同時に震わせる。

 誰もが悟っていた。

 これは“人の領域”を超えた存在だ、と。



 信徒たちは崩壊した街路を進みながら、儀式陣を維持する。

 闇狼、影蛇、黒翼の竜骨――召喚獣が次々と現れ、騎士団を取り囲む。


「祈れ。闇に還る者に祝福を。」


「この街は、主への供物。誰も逃れられぬ。」


 信徒指揮官が、淡々と告げた。

 その目はすでに人ではなく、闇の反射しかない。


 剣が振るわれる。

 だが、触れる前に霧と化す。

 炎魔法も凍結魔法も、闇に吸われ、跡形も残らない。


「くそっ……どんな攻撃も、効かねぇ!」

「仲間がっ……! やめろ、やめてくれぇぇっ!」


 悲鳴と泣き声が入り混じる。

 燃える街は、もう戦場というより“地獄”そのものだった。


 瓦礫と炎の中、わずかに残る光があった。

 それは――空を裂き、突入してきた五人の影。


「これが……都市ガルドか? まるで地獄だ……」

 悠真が息を呑んだ。


 黒い空。燃え続ける街。

 それでもどこか、夜風は冷たく静かだった。


「まだ人の声がある。間に合う……!」

 

 セレナが周囲を走査し、結界の構造を解析する。

 だが魔力感知は、まるで役に立たなかった。


「“運命糸”が……断たれてる。嫌な予感がするわ……」

 クリスティアの指が震える。

 彼女が見る“未来の糸”さえ、ここでは見えない。


 闇が、世界の理そのものを拒絶していた。


 そして、

 その中心にいた――暗黒の巨影。


 魔獣アドナイル。


「……あれが、全部の原因ね。」

ミリアの瞳が、静かに光を帯びる。


 青の髪が風に揺れ、背中の剣が輝きを増す。


 悠真は剣を構えた。

「行くぞ。俺たちが止める!」


 セレナが頷く。

「直接攻撃は無意味よ。だけど――支援と時間稼ぎは、できる!」


 クリスティアが指を鳴らし、金糸が舞う。

「運命華彩――仲間の未来を“つなぐ”!」


 リサが矢をつがえた。

「影核を探す。あいつの心臓部は、絶対にあるはず!」


 そしてミリア。

剣を抜き、闇へ向かって歩み出す。


「退かない……私の光は、誰にも奪わせない。」



悠真の剣撃が、アドナイルの足を斬り裂く――

……はずだった。


 次の瞬間、刃は“空気の中で止まった”。

 刃先が光を反射することなく、ただ霧散する。


「……嘘だろ。全然効いてねぇ!?」


続けざまにリサが矢を放つ。

影を貫いた――だが、それも黒炎に呑まれた。


「魔力密度が異常。あれは……神域防御……!」

セレナの声が震える。杖を握るその手には、既に血が滲んでいた。


クリスティアの糸が弾ける。

「運命すら拒絶されてる……完全なる“絶望体”よ!」

クリスティアが淡く呟いた。

 彼女の放つ運命魔法の糸が、アドナイルの身体に触れた瞬間、

 弾け飛ぶように切り裂かれたのだ。


笑い声が響く。

信徒指揮官が、両腕を広げて天を仰いだ。


「無駄な抵抗だ。闇は、光より古い。

 我らは原初に帰るのだ、哀れな光の徒よ。」


その嘲笑を、ミリアが遮るように踏み込んだ。


「……そう。なら――」

 青色の髪が炎のように揺れ、剣が彼女の手に宿る。

 夜空の闇を、光が照らした。


「――光で、切り拓く!」


 その瞬間、戦場の空気が変わった。

 崩れかけた街に、わずかな希望が差し込む。


剣が眩い輝きを放つ。


封光剣(シールブレイド)――聖属性の光の軌跡が眩い刃となり、敵を一閃。


閃光が、夜を裂いた。

アドナイルの黒翼を、わずかに焼く。


 轟音とともに、闇が退く。

 わずか一瞬、黒炎が後退した。


「ミリア……今の、通ったのか!?」

悠真が叫ぶ。


「ほんの一瞬。彼女の光だけが、“拒絶されない”……!」

セレナが目を見開いた。


 アドナイルが咆哮する。

 世界そのものを震わせる音。


瓦礫が浮き上がり、空間が軋む。

誰もがその中で、ただ立つことすら難しかった。


それでも――ミリアは、歩を止めない。



セレナは光陣の陰に隠れ、魔力視を最大に開く。

周囲を覆う闇の流れ、その“脈動”を観察する。


「……闇の脈動。再生のリズムがある……」


彼女の唇が震える。

「一瞬だけ止まる……! そこが唯一の隙――!」


「その一瞬を狙うってことか?」

悠真が問い返す。


「ええ。ミリア、あなたの光だけが届くの。」


ミリアが小さく頷いた。

額から血が流れ、頬に伝う。

だが、その目の光は消えない。


「この街を……闇に渡さない!」


その決意に呼応するように、剣が鳴いた。

剣身が純白の翼のように輝き、アドナイルの巨体を照らす。


「主よ――全てを、呑み尽くせ!」

信徒指揮官が叫び、再び儀式陣を展開する。


 闇がうねり、街全体を覆う。

 空が、完全に“黒”へと変わった。

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