第18話 市場デート ― 焼きリンゴとすれ違う想い
朝の陽射しが、石畳を金色に照らしていた。
領主の街・ヴァルシア。
婚約騒動の余波が、まだそこかしこに残っている。
「――勇者様と令嬢の婚約、おめでとうございまーす!」
市場の屋台前。
祝福ポスターが風に揺れ、その真ん中に描かれているのは、よりにもよって“俺”――悠真の顔だ。
「……なんで俺なんだよッ!」
叫んでも、人混みの中に吸い込まれていく。
通りの向こうで、子どもたちが「勇者さま〜!」と手を振ってくる。
笑顔が眩しい。けど、心は沈む。
「ちょっとした誤解のはずだったのに……!」
領主邸での祝宴。
ワインと爆発音と婚約宣言が同時に飛び交った結果、
なぜか俺は“勇者クリスティア嬢の婚約者”にされてしまった。
――あの場面、誰だって逃げるだろ。
「……ってわけで、今日こそ平穏な一日を……」
「悠真さんっ!」
「うわっ!?」
背後から声。
振り向けば、栗色の髪を揺らしてリサが駆け寄ってくる。
白いワンピースに、麦わら帽子。普段の冒険服じゃなく、街娘風の格好だった。
「お、おはよう。ずいぶんおしゃれだな」
「ふふっ、でしょ? 今日は“市場デート”するんですから!」
「……誰と?」
「もちろん、悠真さんとです!」
「却下ァ!」
反射的に叫んだ俺に、リサはぷくっと頬を膨らませた。
「そんな〜。街の文化を体験したいって言ったら、案内してくれるって約束したじゃないですか!」
「いや、それ祝宴の爆発の混乱中に言ってただけで――」
「約束は約束です!」
ぐいっと腕を掴まれる。
その力、意外と強い。というか逃げられない。
「ちょ、ちょっと、リサ!? みんなの前で腕を引っ張るなって!」
「大丈夫ですって。婚約者の人が見たら……面白いですし!」
「笑いごとじゃねぇ!」
わちゃわちゃしている二人を、
遠くの屋台の陰から、三つの影が見つめていた。
「……始まりましたね」
「……デート、ですか?」
「……あの二人、本当に気づいてませんのね……」
ミリア、セレナ、そしてクリスティア嬢。
全員が“完璧な尾行スタイル”で物陰に潜んでいた。
クリスティアは派手な金髪を帽子で隠しているが、どう見ても貴族令嬢が変装している感まる出しだ。
「ミリアさん、位置取りどうします?」
「私が魔力感知で追います。セレナさんは距離を保って」
「……了解です。あ、焼きリンゴ買ってもいいですか?」
「……真面目にやってください!」
三人がこそこそと移動していく中――
リサと俺は、果物の香りと人のざわめきに包まれながら市場の中心を歩いていた。
「わぁ……! こんなにたくさんの屋台、初めて見ました!」
リサの瞳がきらきら輝いている。
焼き魚、花屋、アクセサリー、手作りジャム……活気がすごい。
「ここの市場は領主が管理してて、外からの商人も多いんだ。盗難も少なくて――」
「悠真さん、あれ見てください! 焼きトウモロコシです!」
説明を遮って、彼女は屋台に駆け寄る。
焼き上がったトウモロコシを嬉しそうに受け取ると、
ほくほくの笑顔で俺に差し出した。
「一本どうぞ! あーん、します?」
「しない!」
「遠慮しないでくださいって!」
ぐいぐいと差し出されるトウモロコシ。
逃げる俺。迫るリサ。
その様子を遠くから見ていたクリスティアが、額に手を当ててため息をついた。
「……なぜ私の婚約者は、トウモロコシから逃げているのですか?」
「……愛の形、ですかね?」
「違うと思います!」
ミリアの冷静なツッコミが入る。
その頃、俺たちは屋台の反対側へと転がり込み、
見事にフルーツバスケットをひっくり返した。
「わぁぁぁ! ご、ごめんなさいっ!」
「り、リサ、落ち着け! 果物がっ、転がってるっ!」
周囲から笑い声。
店主が苦笑して、「まぁ、楽しそうでいいけどな」と肩をすくめた。
「……恥ずかしい……」
リサは顔を真っ赤にしてうつむく。
けど、俺にはその姿が――少しだけ可愛く見えてしまった。
(やべ……なんか、普通にデートっぽい雰囲気になってきた)
その時。
「おや、仲良しですなぁ!」
ひょこっと現れたのは、花屋の老婆。
花束を抱えた手で、俺とリサを交互に見てにっこり笑う。
「この花は“婚約の誓い”にぴったりですぞ。特別に半額にしときます!」
「だから婚約してねぇってば!」
「じゃあ“下見”ということで!」
ぐいぐい押され、花束を手に持たされる俺。
リサは笑いを堪えきれずに肩を震わせていた。
「ぷっ……ふふっ……悠真さん、似合ってます!」
「花より爆発音の方が似合うって言われたほうがまだマシだ!」
「じゃあ、その花は私が持ってますね」
そう言って、リサが小さく抱きしめる。
その仕草が、自然すぎて――不意に心臓が跳ねた。
(……おいおい、なんでドキッとしてんだ俺)
夕焼けが街を染める頃。
市場の喧騒も静まり始め、二人は小さな橋の上で立ち止まった。
「今日は、楽しかったです」
リサが小さく笑った。
その横顔を見て、俺は少しだけ素直に頷く。
「……まぁ、悪くなかった。爆発もなかったしな」
「ふふ、たまにはいいですよね。こういう日も」
穏やかな風が流れる。
そのとき、リサがふと空を見上げ――指を伸ばした。
「あれ……なんですか?」
遠くの丘の上。
薄い紫の光が、断続的に瞬いていた。
「……魔法の反応、か?」
微かな緊張が走る。
だがリサは、その光を見つめながら呟いた。
「ねぇ、悠真。もしまた“何か”が起きたら……私、ちゃんと支えになれますか?」
「お前が? ……うん、まあ、頼りにしてる」
「……本当ですか?」
「トウモロコシ以外ならな!」
「もうっ!」
リサが軽く拳で俺の腕を小突く。
笑い声が風に溶けていった。
――けれど、その笑いの奥。
遠くで瞬く紫の光は、確かに“何かの予兆”だった。
橋の下。
人影が三つ、そっと潜んでいる。
「……やっぱり、デートですね」
「……距離、近いです」
「……婚約者、危うし」
ミリア、セレナ、そしてクリスティア。
三人の瞳が同時に光る。
「では――次の監視任務、夜間突入でいきます!」
「了解!」
「って、夜間!? 本気ですの!?」
小声のやり取りが、橋の下に響いた。
悠真は気づかないまま、リサの隣で笑っていた。
そしてその夜。
丘の上で瞬いていた“紫の光”は――
ゆっくりと、街を包み込むように広がっていく。
彼らの平穏な日々は、もう少しだけ続く……
――笑いと、少しの不安を抱えながら。
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