第17話 逃げる脇役、追う令嬢

 朝の街路を、少年が全力で駆け抜けていた。

 黒髪短髪、やや情けない表情。そして頭には深々とフード。


「……いや、何で俺が逃げてんだ!?」


 自分でもわからない。

 ただ一つ確かなのは――逃げないと社会的に死ぬということだけ。


 領主邸で開かれた「祝宴」。

 その場で、何故か“領主の娘クリスティア嬢との婚約”が発表されたのだ。

 本人(俺・佐藤悠真)は寝耳に水である。


「平穏に暮らしたいって言っただけなのに、なぜ“婚約者”になるんだよ!」


 通りのあちこちで、領民たちの声が飛び交う。


「勇者様の婚約だって!」

「いやぁ、若いっていいねぇ!」


 ……勇者?誰のこと?俺? やめてくれ。


 脇役、逃走中。

 目標――平穏な昼飯。


 しかし、運命は残酷である。

 角を曲がった先、俺の目に飛び込んできたのは――


 壁一面のポスターだった。



『勇者ユウマ殿と令嬢クリスティア様、ご婚約おめでとうございます!』


 笑顔で手を取り合う二人の絵。いや、絵っていうか、

 俺の顔どこから入手した!? 肖像権どこ!?


「だ、誰だよこれ描いたの!?」


「おやまぁ勇者様!いい奥さんもらったねぇ!」

 露店のおばちゃんが満面の笑みで声をかけてくる。


「ち、違うんです!俺はただの脇役で――!」


「まぁまぁ、照れちゃって。若いっていいねぇ♡」


 会話が成立しない。

 俺は崩れ落ちた膝に手をつき、遠い目をした。


(俺、いつ勇者になったんだろう……?)


 そこへ――

 市場の外れでこっそり覗く三人の少女の姿。


「……この街、情報伝達だけは異常に早いわね」

 ミリアが呆れたように言い、マントの裾をひるがえす。


「こうなる前に、計画を立てておくべきだったわ」

 セレナがメモ帳を開き、さらさらと書き込む。

 “誤解防止策:悠真を放置しない”。(すでに手遅れ)


「悠真〜!どこ行ったの〜!?」

 リサの声が、街中に響き渡った。


「いや尾行って言葉の意味わかってる!?」


 俺の悲鳴は誰にも届かない。

 街中に貼られるポスターは増える一方。

 ……まるで、俺の人生を覆う呪いのように。




 俺は裏通りの木箱の陰に身を潜めた。

 ようやく人目を避けられたと思い、深呼吸する。


「……はぁ。何とか逃げ切っ――」


「まぁ……こんなところにいらしたのですね、ユウマ様!」


 背筋が凍る。


 その声を俺は一生忘れないだろう。

 振り返れば、完璧な笑顔。絹のドレス。

 そして手には、なぜか花束。


「やっぱり来たーーーっ!?」


 思わず叫んだ。

 周囲の買い物客たちが振り向き、ざわつく。


「婚約者様だ!」

「お似合いだなぁ!」


「ちょ、ちょっと待ってください!? 婚約者じゃないですから!?」


 だがクリスティアは微笑んだまま。

「昨日の約束、覚えていてくださったなんて嬉しいですわ♡」


「覚えてない!ていうかそんな約束してない世界線!」


 そこへ屋台の陰から、バッとリサが飛び出してくる。

「ちょっと、どういう関係!?」


「ど、どうもこうも――違うんだってば!」

「ふぅん……じゃあ、祝宴でダンスしてたのはどう説明するの?」

「ダ、ダンス!? アレは流れで!空気で!」


「空気で婚約した男」とかいう致命的ワードが、広場を通り抜けた。


 ミリアは遠くから呟く。

「……脇役がモテ期突入、っと」

 セレナは冷静に補足する。

「混乱指数、上昇中。被害範囲、街全域。」


 ああもう……俺の人生、誰かリセットボタン押してくれ。




「ま、待ってくださいユウマ様!」

 クリスティア嬢の声が背後から響く。

「待つかぁぁぁぁぁぁ!!」


 俺は市場通りを全力で駆け抜けた。

 手が伸び、肩が触れ、視線が刺さる。

 ――恥ずかしすぎて死ぬ!


「追うな!俺は平穏を守る戦士だ!」

 自分で言ってて意味不明だった。


「悠真!待ってよ!」

 リサが追う。


「脇役が全力疾走すると、もはや主役ね」

 ミリアが呆れ声で言い、

 セレナが冷静にまとめる。

「もうこれ、公共迷惑ね。」


 俺は角を曲がり、屋台を飛び越えようとした。

「いける! ここを飛べば――」


 ドガシャァァンッ!!!


 ――トマト箱、直撃。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

 全身が真っ赤に染まった。

 周囲が一瞬静まり返る。

 次の瞬間、笑いと歓声が爆発した。


「まぁ……まるで情熱の赤バラのようですわ!」

 クリスティアがうっとりと手を組む。


「どこが!? 血の色だよ!?」

 リサが全力でツッコむ。


「ふふ……これはこれで芸術ね」

 セレナがぼそり。


「写真撮るなぁぁぁ!」

 ……俺の尊厳はトマトまみれで消えた。



 屋台の店主(怒気MAX)に怒られ、全員で片づけ。

 トマトを拾いながら、悠真は魂が抜けた目でつぶやいた。


「俺、もう野菜食えないかもしれない……」


 クリスティアは真摯に頭を下げた。

「ごめんなさい、すべて私の責任です。トマト代はお支払いしますわ」


 セレナは感心したように言う。

「意外と誠実なのね」


「まぁ、恋愛脳以外はまともだから」

 ミリアの毒舌が飛ぶ。

 リサは無言で悠真の髪に手を伸ばし、トマトの欠片を取ってあげる。


「……もう、相変わらずドジなんだから」

「俺のせいじゃない……たぶん物理法則のせいだ……」

「それ、トラブル体質っていうのよ」

「いやほんと、なんで毎回こうなるんだろうな」

 ため息をつく俺に、セレナが真顔で言った。

「“脇役の宿命”よ」

 ミリアが追い打ちをかける。

「タイトルに“逃げる脇役”ってついてる時点で察しなさい。」


 ……タイトル詐欺ではなくタイトル通りってどういうことだ。



 夕焼けが街を黄金に染めていた。

 騒動のあと、リサと二人、橋の上で腰を下ろす。


「……でもさ、なんか嬉しかった」

 リサがぽつりと言う。

「悠真が人気者で。みんな楽しそうで」


「俺は目立ちたくないんだよ……。静かに生きて、静かに消えたい」

「そんな悠真だから、好きなんだと思う」


 リサの声は柔らかく、風に溶けた。

 沈黙。心臓が、跳ねる。


「……え、今、なんて――」


「べ、別に!深い意味はないからっ!」


 リサが慌てて顔をそむける。

 その瞬間――


「ユウマ様ぁぁぁぁぁ!? どちらですのぉぉ!?」


 遠くから響く、クリスティアの絶叫。


「……俺の平穏、3秒で終了。」

 橋の上、脇役の嘆きが夕空に消えた。




 夜。セレナは宿の窓辺で書簡を開く。


「封印石の反応が……この街にもある?」

 ミリアが窓際に寄る。

「つまり、平穏どころか次は“事件”のターンね」

 セレナ「ええ、脇役の運命は止まらない」


 遠くで悠真の声が響く。

「俺、聞こえてるからね!?」




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