第9話 盗賊団と偶然の英雄

祭りから数日後――。


「……俺、もう二度と出店の手伝いなんかしない」


 村外れの草の上に寝転びながら、俺は小さくつぶやいた。

 空は青く、鳥がのんきに鳴いている。風は涼しく、草の香りが心地いい。完璧だ。これこそ、俺の求める“脇役の日常”だ。


「なによ、悠真。あんなに楽しそうにしてたくせに」

 リサが笑いながら覗き込んでくる。栗色の髪が陽の光を反射してきらりと揺れた。


「いや、俺が楽しそうに“見えた”だけだ。中身は死んでた」

「へぇ〜、そんな顔してたんだ?」


 リサが頬を膨らませる横で、セレナが小さくため息をついた。


「まったく……あなた、屋台で串焼き五本も食べておいて、それはないでしょう?」

「……あれは生存本能が働いただけだ。タダ飯を逃す手はない」


「ふん。どうせ“お祭りのハーレム主人公”気取りだったんでしょ」

 ツンと顔を背けたのはミリアだ。光を受けて淡く輝く青髪が、風にふわりと舞った。

「おい、やめろ。そういう台詞は“本物の主人公”に言うやつだ。俺はあくまで“背景の男A”で――」


 そのときだった。


 ――きゃああああっ!


 遠くから悲鳴。鳥たちが一斉に飛び立つ。


「……やっぱり来たかぁぁぁ!」

 俺は頭を抱えた。静かな日常? そんなもの、俺の人生には存在しない。



 俺たちは村へ駆け戻った。

 見れば、広場の真ん中で十人ほどの盗賊が暴れている。


「金目のもんを出せぇ!」

「女はいただくぜぇ!」


 うん、テンプレ台詞ご苦労さん。どこかで聞いたことあるぞ、それ。


「ま、まさか……本当に盗賊団!?」

 リサが青ざめる。セレナは冷静に状況を見回していた。


「数は十……武装は軽装ね。村人たちには荷が重い」

「じゃあ、どうする!?」

「どうするって……逃げる以外にあるかよ!」

 俺は即答した。

俺、非戦闘員。しかも自覚あるモブ。


 だが――。


「悠真! あっちで子どもたちが!」

 リサが指さした。 瓦礫の向こう、幼い子どもが泣きじゃくっている。


「……なんで、俺を見るんだ」

「お願い! 悠真ならできるって!」

「いや、無理だから! 俺にできるのは転ぶことぐらいだ!」

「じゃあ転んででも助けて!」

「そんな勇気ある名言みたいに言うな!?」


 結局――俺は走っていた。

 いや、走らされた、が正しい。




 盗賊が俺に気づく。にやりと笑って剣を構えた。


「てめぇ、何のつもりだ坊主!」

「いや、通りすがっただけです。お気になさらず!」


 後ずさり――足元、バケツ。

 ドンッ! バケツがひっくり返り、中の灰が宙を舞った。


「ぐわっ、目がぁぁぁ!」

 灰が直撃、盗賊の一人がのたうち回る。


「……え? 今の俺のせい?」

 混乱する俺の背後で、物干し竿がガタンと倒れた。

 その竿が転倒中の盗賊の足に引っかかり、ドミノのように別の盗賊たちへ――。


 バタン! ガシャーン! ドドドドン!


「ぎゃああっ!?」「な、なんだこの罠は!?」


 見る間に盗賊たちは次々と倒れていく。

 村人の誰かが叫んだ。


「すげぇ! あれが新技か!?」

「悠真の秘奥義、バケツ灰連撃……!」

「いや、ただの事故だからっ!」


 さらに――最後に残った一人が後ろに倒れ、盗賊たちの馬車へ激突。

 荷台に積まれた酒樽が爆発的に転がり、広場中を豪快に転げ回る。


 ドカン! バシャッ! 村中びしょ濡れ。


「うわぁぁぁ! なんか祭りの続きみたい!」

「悠真の魔法だ! 水の祝福だ!」


 やめろ、そうやって勝手にジャンルを決めるな!


「……ちょっと待て、俺ほんとに何もしてねぇぞ!?」


 だがその声は、喝采の渦にかき消された。

 ――俺は今、誤解の中心に立っている。



「悠真くん、ありがとう!」

「あなたがいなかったら村は……!」


 村人たちが次々と駆け寄ってくる。

 盗賊たちはすでに縛り上げられ、広場の隅に積まれていた。


 そこへ、村長がどっしりと現れる。


「うむ! よくやったぞ、悠真!」

 ガシッと肩を叩かれ、背骨がきしむ。

「いや、俺は転んだだけで……!」

「謙遜するな。若者は胸を張れ!」

「いや違うんですよ、これは本当に偶――」

「今日よりお前は“村の守護者”だ!」


 え、勝手に称号付けないでもらえます?


「守護者さま、ばんざーい!」

 どこからともなく拍手。いや、やめて。ほんとやめて。


「悠真、すごいじゃない!」

 リサが目を輝かせて跳ねる。

「偶然でこんなこと起きないわよ!」

「だから偶然なんだって!」


「ふふ……あなた、やっぱり只者じゃないのね」

 セレナが微笑む。落ち着いたその声に、余計に否定しづらい。

「……あなたはやはり特別な人」

 ミリアまでそんなことを言い出す。

「やめろ、そういうセリフは主人公に言うやつだ!」


 俺の叫びに、みんなが笑った。

 その光景が、まるで“物語のクライマックス”みたいで、余計に悔しい。




 夜、村では盗賊退治の祝宴が開かれていた。

 焚き火の明かりが村を照らし、笑い声が響く。


「悠真、パンもう一個あるわよ!」

「いや、俺はもうお腹いっぱい……英雄は胃もたれ中だ」


 俺は焚き火の端でパンをかじり、夜空を見上げた。

 星がちらちら瞬いている。まるで俺を見て笑っているみたいだ。


「完全に主人公補正が働いてるよな……」

 ぽつりとつぶやく。

 俺は何もしてない。ただ転んで、蹴って、巻き込まれただけだ。

 なのに今、村の誰もが“俺を見ている”。

 ……皮肉だよな。脇役でいたいのに、中心に引きずり出されるなんて。


 ――ふと、視線を下ろす。


 縛られた盗賊の腕に、黒い紋章が浮かんでいた。

 炎に照らされ、ゆらりと光る“印”。


「……嫌な予感しかしない」


 新たな厄介事の影を感じながら、俺は静かに息を吐く。


「頼むから、俺の平凡な日常を返してくれ……」


 焚き火がぱちりと弾けた。

 笑い声と夜風の中、俺のため息だけが小さく響いた。


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