第8話 脇役の本能、封印を破る

――空が、割れた。


 昼のようなまばゆい光が、夜の村を包み込む。

 地平線の向こうまで広がる光の波。その中心に、俺とミリアがいた。


「……な、なんだこれ!? 空が……動いてる!?」

「違う。封印が――反応している!」


 ミリアの声は真剣だった。

 風が渦を巻き、髪が舞う。淡い金色の粒が肌を刺すように降ってくる。


「おい、待て。封印って、あの“地下のやつ”か!?」

「そう! 光の欠片が共鳴して、結界を超えたの! 完全に暴走してる!」


 彼女は短杖を構え、魔法陣を展開する。

 地面から立ち上がる光の輪。見たこともないほどの魔力の密度に、思わず息をのむ。


「《聖封陣(セイバー・シール)》――展開!」


 村全体を包み込むような、半透明のドームが広がった。

 風が止み、光が一瞬、静まる。

 けれど、次の瞬間――。


 ドオォンッ!!


 耳をつんざく衝撃音とともに、空が再び裂けた。

 結界の表面がバリバリとひび割れ、光が暴走する。


「……やばい、押し切れない!」

「なに!? ちょっ、どれくらいやばい!?」

「全部吹き飛ぶレベル!!」


「なぁるほどわかりやすい!! 俺、死ぬやつだコレ!!」


 もうツッコミを入れてる場合じゃないのに、口が勝手に動く。

 光が爆ぜ、風が荒れ狂う。足元の大地が浮かび上がったように感じた。


「悠真、下がって!」

「バカ言うな! 一人で耐える気か!?」

「私なら――」

「“なら”じゃねぇよ! 勝手に英雄ムーブすんなっての!」


 反射的に走り出していた。

 気づけば、俺はミリアの前に立ち、両手を広げていた。


「悠真っ、危ない――!」


 直後、光の奔流が襲う。

 焼けるような熱と、耳鳴りのような轟音。

 世界が、真っ白になった。



 ……数秒後。

 かすかな風の音と、ざわめく声が耳に戻る。


「ゆ、悠真さん!? ミリア様を庇って!?」

「やっぱり、二人はそういう関係だったんだ……!」

「うそっ、婚約話の後にこの展開!? 尊い……!」


「いや違うって言ってんだろォォォ!!」


 全力で叫んだ。

 だが、もう遅い。村人たちは、完全に“誤解モード”に突入していた。


「悠真さん、ミリア様を守るなんて……運命の人ですね」

「ねぇ、式はいつ?」「いやもう夫婦じゃない?」


「誰かこの村の通信網止めろォォォ!!」


 叫びながらも、俺はまだ立っていた。

 足元にひび割れた光の欠片。ミリアの杖の先には、揺れる光の筋。

 そして――その奥。


 “影”が、いた。



 まるで、世界から切り取られたかのような暗黒。

 そこに、何かが立っていた。

 形は曖昧。人のようで、人ではない。

 だが、その存在から伝わる圧だけは、はっきりしていた。


「……出た、な」

 ミリアの声が低く響く。

「“沈黙する影”――英雄の魂を喰らう者」


「喰らう? おいおい、またろくでもねぇ単語出てきたな……!」


 影は音もなく近づいてくる。

 その足元から、黒い靄がじわじわと広がっていた。


「悠真、下がって!」

「言われなくてもそうしたいけど! 足が動かねぇんだよこれ!」


 黒い靄が触れた瞬間、空気が震えた。

 何かが脳裏に響く――声、のようなもの。

 

『――また、お前か。運命を狂わせる者……』



「うわ、出た……なんかデジャヴある言い方だな!?」


『封印を破り、光を乱し、英雄を堕とす者……』


「いや俺そんな大それたことしてねぇよ!? ただ拾っただけだぞ!?」


 頭の奥に直接響く声と、現実の混乱が交差する。

 ミリアが叫ぶ。


「悠真! それ、“触れるな”!」

「触れてねぇ! ていうか、向こうが勝手に話しかけてきてるんだって!」


 影が揺らぎ、空間そのものを飲み込みかけた、その瞬間――。


 ミリアが再び詠唱を始めた。

「《光還陣(ルーメン・リターン)》――!」


 彼女の足元から眩い光の陣が展開され、影を押し返す。

 光と闇が激突し、凄まじい衝撃波が走った。


 ――ドンッ!!


 まるで世界がひっくり返るような爆風。

 俺は吹き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられた。


「ぐはっ……! また俺だけ雑に飛ぶんだよな……!」


 目を開けたとき、光の嵐は、ゆっくりと、静まっていった。



 夜が戻った。

 あれだけ荒れていた風も、嘘のように穏やかだ。

 空には、散り残った光の欠片が、流星のように落ちていく。


 ミリアが、息を整えながらこちらを見た。

「……無事、なの?」

「まぁ、精神的にはダメージでかいけどな」

「ほんと、あなたって――」


 彼女の肩がわずかに震える。

 その表情には、安堵と、少しの笑みが混ざっていた。


 そこへ――村人たちの群れが押し寄せてくる。


「ミリア様! 悠真さん! やっぱりお二人の力で村を救ったんですね!」

「お似合いです!」「子どもは何人ほし――」

「どこの方向に話が向かってんだよお前らぁぁぁ!!」


 俺の絶叫が夜空に響いた。



---


 ……それから数時間後。


 村の修復作業と混乱の収拾で、俺は完全に燃え尽きていた。

 噂は止まらず、なぜか“村を救った勇敢な恋人たち”という称号までついてしまった。


 村長なんか、笑顔で言った。

「いやぁ、若いっていいねぇ。祝福しとくよ」

「違うっつってんだろ!!」


 俺は地面に倒れ込みながら、夜空を見上げた。

 静かに瞬く星。

 ……そして、光の欠片がひとつ、手の中に転がっていた。


「これ……まだ、動いてるのか?」


 淡く光るそれを、ミリアが見下ろす。

「封印の力は、一部まだ解放されてない。けど……“影”は確かに動いた」

「つまり、俺たちの“誤解劇”もまだ終わらないってことか」

「そういう言い方やめて」


 彼女は呆れたように笑う。

 でも、その横顔は少し柔らかかった。


「……ありがとう、悠真」

「え?」

「あなたが庇ってくれなければ、あの封印は破られてた。

 誤解でも、偶然でも――あの瞬間、私は救われたの」


「……あー……いや、その……」

 言葉が詰まる。

 なんか、素直に照れる。

 でも――。


「そ、それはまぁ……“脇役の本能”ってやつだな」

「そんな本能、聞いたことないわ」

「俺もない」


 二人して、少しだけ笑った。

 夜風が静かに吹き抜け、光の欠片が空に溶けていく。




「……俺、なんかしたか?」

「はい。たぶん、全部あなたのせいです」

「え、なんで!?」


 ミリアのツッコミが夜に響いた。

 だけどその声は、不思議と優しかった。



――世界を狂わせるのは、いつだって「平凡な脇役」だった。




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