第4話 隠された影と3人の女

 朝の光が村の屋根を照らし、鳥の鳴き声が心地よく響く。

 そんな穏やかな時間の中で、俺――佐藤悠真は、机の上に置かれた“やたら豪華な封筒”を前に固まっていた。


「……なにこれ」


 金色の封蝋。紋章入りの封書。封の部分には「村長屋敷より」とある。


 ――開けた瞬間、嫌な予感が確信に変わる。


『英雄・佐藤悠真様

先日の祭りでの勇敢な行いに感謝を込め、ぜひ我が屋敷にお越しください。

娘ミリアも、あなたとゆっくりお話がしたいとのことです。

    ヴァレン村長』




「いや待て。勇敢な行いって……串焼き食ってただけだぞ俺」


 火事のときリサのスカートを叩いたら、なぜか“英雄”になっていた。

 どう考えても間違った方向で祭りの主役になっている。


「悠真くん、その招待状……まさか!」


 部屋の外から飛び込んできたのはリサ。息を切らしながら俺の手元を覗き込む。


「うわ、本物だ。封蝋付き……すごいよ悠真くん、ついに“貴族デビュー”だね!」

「やめろ、その響きがもう嫌なフラグしかない」


 さらに、窓の外からドン、と足音。


「悠真、行くの? 貴族の屋敷に?」

 セレナだ。腕を組み、明らかに不機嫌オーラを放っている。


「いや、行かない。たぶん行ったら誤解が倍になる」

「じゃあ行くのね」 「聞いてた!?」


 二人が勝手に結論を出し、気づけば俺の荷物をまとめ始めていた。


「ほら、着替えて。向こうで失礼があったら大変だからね」(リサ)

「私も同行する。危険な匂いがする」(セレナ) 「いや、俺の危険度が上がるんだけど!?」


 そんなツッコミもむなしく――。



「……まさか本当に馬車で来ることになるとはな」


 俺は馬車の中で揺られながら、窓の外の景色をぼんやり眺めていた。

 両脇には、なぜか当然のように座るリサとセレナ。


「悠真くん、緊張してる?」

「してるに決まってるだろ。人生で一番“上流”な空気吸うんだぞ」


 セレナがため息をつく。

「落ち着きなさい。ミリア様はそんな怖い人じゃない」

「そういう問題じゃなくて……フォークとかナイフとか、どっちが右だったか思い出せないんだよ!」


 俺の叫びを聞きながら、リサがくすりと笑った。

「大丈夫だよ。悠真くんなら“誤解されても”なんとかなるから」


「フォローになってねぇ!」


 


 屋敷に着いた瞬間、俺は軽く目を疑った。


 大理石の階段、噴水、整列したメイドたち。

 門番が姿勢を正して敬礼している。


「英雄・佐藤悠真様、ようこそお越しくださいました!」


「待って、俺、英雄じゃ――」


「――お待ちしておりましたわ」


 声の主に振り向く。

 青いドレスのミリアが、微笑みながら階段を降りてきた。

 祭りのときよりもずっと貴族らしい雰囲気で、正直、空気が違う。


「ふふ、そんなに固くならなくていいの。昨日のあなた、とても格好よかったわ」

「いやいやいや、あれは事故というか……」 「事故でも、私を守ってくれたのは事実よ」


 さらっと爆弾発言を落とすなこの人。


 背後でリサとセレナが同時に小さく「むっ」と唸ったのが聞こえた。

 ……やばい、もう火種ができた。


「さ、父があなたに挨拶したいって。どうぞこちらへ」


 ミリアに案内され、屋敷の奥へ進む。

 壁に並ぶ肖像画、香る紅茶、メイドの足音。まるで別世界だ。


 (落ち着け俺。動じるな。串焼き屋台の煙を思い出せ。あの安心感を――)




「こちら、父のヴァレンです」


 重厚な扉の奥、立派な髭を蓄えた村長――いや、貴族そのものの男が立っていた。


「おお、君が佐藤悠真くんか! 娘を助けてくれてありがとう!」

「い、いえ、その……助けたというか、火を消しただけで……」

「謙遜するとは立派だ。まさに英雄の器だな!」


(あ、この人も誤解してる……! いや、誰も訂正してくれないの!?)




 晩餐の席。

 俺の前には豪華すぎる料理がずらり。

 緊張しすぎてフォークとナイフを間違える。


「悠真、逆よ」(ミリア)

「す、すみません……」

「ふふ、可愛いわね」

「今“可愛い”って言った!? 俺もう成人してるんですけど!?」


 リサとセレナの視線が同時に突き刺さる。

 ――あ、これ今、完全に修羅場予兆。


 だが、その時。


「さて、悠真くん。ひとつ提案がある」


 村長がナプキンを置いて俺を見た。


「えっ、はい?」

「娘ミリアの将来のことだ。そろそろ良い相手を――と思ってね」


 その一言で、場の空気が凍る。

 リサとセレナの背筋がピンッと伸び、ミリアが真っ赤になった。


「お父様、それは……まだ早いわ」

「なに、昨日の祭りで娘を救った青年だ。礼儀も正しく、勇敢で控えめ。申し分ないじゃないか!」


「いやいやいやいや、待って! 控えめなのは認めるけど勇敢は違う!」

「お父様、本気で!?」(ミリア)

「ちょっ、やめて! 本気っぽいのやめてぇぇぇ!」


 そして、決定打。


「よし、婚約候補として正式に――」

「いや誰が候補にした!? 俺はまだ串焼き咀嚼中だったぞ!?」


 場のざわめきが一気に爆発した。

 使用人たちがヒソヒソと囁く。


「婚約者様らしいわ……」

「まぁ、お似合い……!」

「ミリア様、あの青年と……!」


(やめろ! その“らしい”が一番怖い!!)


「――悠真ぁぁぁっ!?」

「……本気なの!?」


 リサとセレナ。完全に修羅場モード。


「ちがう! 聞いてくれ、全部誤解なんだ!」 「誤解って言葉、何回目?」(セレナ)

「もう慣れたけど、今回のはちょっと……!」(リサ)


 俺を中心に三人のヒロインがにらみ合う。

 空気がバチバチに火花を散らしていた。


(神様、頼むからこの空間ごとスキップさせてくれ……!)



 夜。

 騒ぎがようやく収まり、俺は屋敷の庭でひとり頭を抱えていた。


「……どうしてこうなるんだ俺の人生」


 月明かりに照らされる噴水の水面が静かに揺れる。

 串焼きの煙が恋しい。

 ただ平穏に暮らしたいだけなのに、なぜか婚約者候補にされている。


「――ふふ、やっぱり外の空気が好きなのね」


 声に振り向くと、ミリアが月光の中に立っていた。

 その表情は、先ほどの修羅場とは違い、どこか真剣だった。


「さっきの話、父の冗談だと思う。でも……」 「でも?」

「――この屋敷、少しおかしいの」


 ミリアは声を落とし、俺の腕にそっと触れた。


「昨夜、地下倉庫の鍵がなくなっていた。父も知らない。

 ……誰かが屋敷の中で“何か”を隠してる」


 背筋に冷たいものが走る。

 誤解まみれの俺でも、さすがに察した。これは“笑えない話”だ。


「……つまり、婚約どころか事件の方が本命ってことか」

「ふふ、やっぱりあなた、ただのモブじゃないわね」

「いや、モブでいいんだけど!?」


 ミリアは夜風に髪を揺らしながら微笑んだ。


「――だからお願い。明日の夜、地下に来て。誰にも言わずに」


 そう言い残して去っていくミリアの背を、俺は呆然と見送った。

 屋敷の灯が静かに消えていく。


(恋の誤解はもう慣れた。けど……この屋敷の空気だけは、笑えない何かを隠してる気がする)




 月の光が屋敷の壁を照らす。

 そしてその奥――誰かの影が、ゆっくりと動いた。


 平穏を願うモブの世界に、またしても火種が落ちたのだった。



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