脇役な主人公補正者 〜偶然が俺を英雄にする世界
源 玄武(みなもとのげんぶ)
第1話 牛とラブコメと誤解
目を開けた瞬間、見知らぬ天井があった。
――なんて、どこかで聞いたような出だしだ。
けど本当にそうなんだから仕方ない。
藁の屋根、木の梁、干草の匂い。完全に“異世界テンプレート”だ。
「……マジか。ほんとに転生してんじゃん」
俺――佐藤悠真。前世はどこにでもいる社畜。
朝から終電まで働き、上司の理不尽を受け流し、趣味はラノベとゲーム。
気づいたら過労でぶっ倒れて――たぶん、死んだ。
「……まあ、いいか。どうせ俺なんて、主人公になれるタイプじゃないし」
そう自嘲して目を閉じた。けど、開けたらこのザマだ。
それも、身体が小さい。
手足が短くて、まるで子ども。つまり――転生、完了。
「……なるほど。新しい人生、か」
そうして俺は決めたのだ。
英雄にも、勇者にも、モテ男にもならない。
俺は静かに生きる。
脇役として、目立たずに――。
それから十数年。
俺は小さな村で育ち、悠真という名で生きている。
畑を耕し、羊を世話し、のんびりと。
村人との距離感も程よく、地味に、平和に暮らしていた。
……のはずだった。
「悠真兄ちゃん! たいへんだーっ!」
朝の光の中、村の子どもが全力で駆けてきた。
あー、また事件の匂いだ。
「今度は何だよ。狼でも出たか?」
「ちがう! 牛が逃げた! しかも村の外に!」
「……牛ぅ?」
ため息。こういうとき、なぜか俺が呼ばれる。
村の男衆は畑か狩りで手が離せない。で、たまたま暇そうに見える俺が選ばれる。
いや、俺は暇じゃない。平穏を守る仕事中なんだ。
「……分かった。行ってくるよ」
俺は腰を上げ、逃げた牛を追って村外れの草原へ。
「モォォォォォ!!」
草原の向こう、茶色い巨体が暴れ回っていた。
でかい。速い。しかもやたらと目が血走ってる。
「悠真兄ちゃん、気をつけてー! あの牛、角で突いてくるよ!」
「……情報遅いわ!」
牛が地響きを立てて突進してくる。
俺は反射的に横に飛ぶ。ギリギリでかわした。
「うおおっ……! 待てって! こっちは武器もないんだよ!」
剣術スキル? なし。
魔法? ゼロ。
頼れるのは、運と――不運の境界を走る俺の人生経験だけ。
「……こっちだ! ほら!」
叫びながら、牛の注意を引く。
目的はひとつ。村から遠ざける。
それだけで十分だ。俺は脇役なんだから。
……のはずが。
「モオオオオオッ!!」
「うわ、マジで来たあああっ!!」
牛が一直線に俺へ突進。
やめろ、俺の人生を“ギャグ漫画”にするな!
とっさに足を踏み外し、転倒。
その瞬間、俺の足が牛の前脚にひっかかり――。
ドガァッ!!
牛、見事にすっ転ぶ。
地面にめり込み、動かなくなった。
「…………」
静寂。風の音。俺の心臓の鼓動。
「す、すごい! 悠真兄ちゃんが牛を倒した!」
「え、いや、俺、ただ転んだだけで――」
「すげー! 本気出したらやっぱ違うんだな!」
「ちがう! 違うって! 俺の転び方が奇跡だっただけで!」
だが子どもたちの目はキラキラしていた。
……嫌な予感しかしない。
案の定、翌日には村中の噂になっていた。
『悠真が牛を素手で倒したらしい』
『隠れた力を持ってたんだ』
『実は昔、勇者の血筋らしいぞ』
――全部デマだ。
「いやだから違うって言ってんだろ!」
俺が井戸で水を汲んでいると、背後から声がした。
「……昨日は、ありがとうね」
「え?」
振り向くと、そこにいたのはリサ。
村で一番人気の娘。栗色の髪、柔らかい笑顔。
地味な俺とは縁遠い存在だ。
「あの牛、もし畑に突っ込まれてたら、うち全滅だったの。助かったよ」
「え、あー……いや、俺、転んだだけだから」
「そんなに謙遜しなくてもいいよ。みんな見てたもの。悠真くん、すごかったよ」
「いやいやいや、あれは事故という名のコントだ!」
リサはくすっと笑った。
風に髪が揺れて、ほんのり甘い匂いが漂う。
「……そういうところも好き」
「……え?」
「ち、違うの! 尊敬って意味でっ!」
耳まで真っ赤にして、リサは慌てて言い直す。
いや、完全にラブコメ展開なんだけど?
「ちょ、ちょっと待て。俺、脇役志望なんだって」
「ふふっ、そんなこと言ってる人ほど――」
リサが何か言いかけて、唇を噛んだ。
その瞬間、風が吹いてスカートがふわり。
「っ……!!」
反射的に目を逸らした。
頼む、今のは見てないことにしてくれ。
「……悠真くん、顔赤いよ?」
「日差しのせいだ!!」
周囲に誰もいないのを確認しながら、俺はそっと距離を取る。
まずい。これ以上いたら、“フラグ”が立つ。
「じゃ、じゃあ俺、行くから! 牛の世話でも見てくるわ!」
「あっ……また、話したいな」
リサの声が背中に届いた。
甘く、柔らかく、逃げ場のない響き。
……待ってくれ。俺は脇役でいたいだけだ。
なのに、どうしてこう、物語の中心に引きずり込まれていくんだ?
「……まったく、主人公補正ってやつは、たちが悪い」
俺はため息をつきながら、村の道を歩いた。
――けれど、その背後でリサがそっと呟いた言葉は、聞こえなかった。
「やっぱり……悠真くんって、かっこいいな」
その瞬間、運命の歯車が静かに回り始める。
俺の望まぬ物語が、ここから始まるのだった。
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