複葉機【鉄竜】乗りの俺が敵国のドラゴンライダーの少女と空中衝突で魔界に墜落って”ほんまかい” 

終乃スェーシャ

 プロローグ:空中正面衝突

飛行機乗りは作戦前に将来の夢を語ってはならない。

 プロローグ:空中正面衝突



「――――敬礼! ……我々は魔王戦争に多くの心血を注ぎ勝利に導いたにもかかわらずヴィクトリエ帝国は不遜にも我々との条約を破棄し分割すべきだった大陸を簒奪せんとしている! ゆえに神皇陛下は我々アマツ皇国の血を持つ者全てが恩賞を受け取るべく、聖戦を宣言し――――」


 冗長な公文だ。


 何か大きな作戦が発せられるたびに読まなければならない文章の一節だった。


 威厳を以て毅然とした態度で鋭い声をあげてダラダラダラダラ……。


 資源が多い国の王を魔王に仕立てあげて亡ぼした挙句、領土の取り分で戦争になっていて、これが終わるまで褒章も渡さないぞと言うだけで十分はかかる。


「……そして、此度の任務は魔界大陸のマジェラ樹海境界天候偵察および沿岸索敵だ。ヴィクトリエ帝国の竜騎兵(ドラゴンライダー)共がいるとの報告を受け、エストリエ城塞強襲作戦実行の前段階として巡回経路を確かめるものである」


 ようやく本題。


 サカノ・ユミフネ軍曹は無線で受けた上官の命令をそのまま読み上げて敬礼した。


「航法は樹海線トレース。第一脚は北東灯標に沿って帰投する。交戦規定は歩の弐だ。装備は規格通りである。最終確認を行い、一二〇〇に【鉄竜】第一小隊は発進する。以上。各自、持ち場へ」


 部下への命令を完了してもしばしの間、直立不動でいた。


 燦燦と照りつける太陽。


 真昼の海沿い飛行場は白く焼け、滑走路は陽炎で揺れている。


 汗が滲むなか、一名の上官を除いて自分を見るものがいなくなって、初めて深くため息をついた。先ほどまでの態度は一転して、ぼやけた様子で海岸線を眺めていく。


「はぁ。土の地面と違って着陸のときにガタつかないのはいいが……暑すぎるんだよな」


「大丈夫っす……か!!」


 そしてぼやいているとバシンと背を叩かれた。


 振り向くと、くすんだ短い黒髪を少し恥ずかし気に弄りながらミナミシ・ヨミ少尉がジトリと見上げていた。太陽光を映し出して煌めく金の双眸。


 瞳孔は爬虫類のように細く鋭く、魅入られるように眼が合った。


「少尉……。俺が公然であなたと親しくすると大丈夫ではなくなります」


 配属年数はユミフネのほうが数年も長かったが、彼女は士官学校の出身で入ってすぐに彼の上官だった。のだが。


「なーにをお堅いフリしてるんすか? 私が残ってるから他の上官はもういねーっすよー?」


 交わす言葉も行動も。


 上官と下士官のものではなく、腰部から伸びる蛇の尾が体に巻き付いていく。


「ヨミ、あとでからかわれる」


 ユミフネは毅然とした態度で恥ずかしさを誤魔化した。


 撫でるような花の匂いは、潮風と機械油、熱を帯びた金属臭ばかりのこの場では刺激が強すぎる。


「上等っす。私ら命を預け合った仲っすからねぇ。こうやって積極的にマーキングしておくんすよ……ふ」


 視線が重く釘を刺すから、ユミフネは逃げるように遠くを見つめた。


 これほどまで飛ぶのに適した日はないだろう。


 空は高く薄く抜け、水平線は際限がない。


 海面は砕けた鏡のようにぎらついている。


「別にこの任務は戦闘任務では――――」


 絡まっていた尾が敬語を遮る。


 熱を帯びた頬と視線に至近距離で向かい合う。……遠くから見たら蛇に絡まれたカエルのようになっていることだろう。


 上官にドヤされていると思われているはずだ。


「……っ。【鉄竜】も飛行距離を伸ばすために主要な武器は外してある。日が沈む前には戻れるだろ。……それとも少尉ともあろうお方が怖いのか?」


「うん、怖かったっすけど。それなら安心っす。よかったっす」


 ヨミ少尉は素直に頷くとにへらぁと柔らかな笑みを浮かべた。炎天のなかでだらだらと汗が流れているせいで、少し溶けて見える。


 ユミフネはからかったはずが返り討ちにされていた。


「軍曹。発進準備が完了致しました」


 小隊の一人が敬礼すると、後方で複葉機のプロペラ音が響いていく。


「すぐに向かう。あんな仰々しく振る舞いはしたが偵察任務だ。緊張する必要はない。けどまぁ任務は久々だからな。終わったら飲もう。……割り勘で」


「そこは驕りじゃないんですか。上官」


「俺の夢には金がいる」


 重い振動が矩形波のように一定へ収束し騒音が伸び続けていたが、ユミフネの言葉はかき消されることはなかった。


 小隊は再度敬礼しそれぞれが配置に付いていく。


「んじゃ、私達もとっとと乗り込んじゃうか」


 ヨミの言葉に頷いて、すぐさま自分の機体に飛び乗った。


 爆炎石のエンジンは既に掛かっている。キャノピーが細かく共振し、座面から骨へ音が上がってくる。


 ブレーキ圧を解き、スロットルを前へ倒すと。ガタガタと激しい振動と共に機体は前方へ加速していく。他部隊のハンドサインを目視し、さらに加速。


 全身に圧し掛かる速度の重さを受け止めながら【鉄竜】は車輪で地を蹴り離陸していく。


 竜の咆哮のごとく耳を聾するエンジンの唸り。水平線に角度をつけて空へ飛び立っていく。銀の翼が空気を裂いて、大空へ。


 ものの数十秒で地上は遥か遠くへ置き去りになった。


『蛇猫から狩人へ。こちらは個人無線っす』


 拡音石の魔力無線を通じて耳元でノイズ掛かったヨミの声が響いた。


『こちら狩人。周辺偵察とはいえ任務中だぞ。なんの用だ』


『……その、夢の話なんすけど』


『嗚呼、ヨミには言っただろ。大した夢じゃない。とっとと前線から退く! 溜めた金でハヤアキツの森の奥にでも引っ越して農場を作る。そこで鬱陶しい人間関係もおさらばだ。晴耕雨読ののんびり生活。……ふっいいだろ』


 青空を眺めながら自嘲気味にぼやいた。【鉄竜】を操作できるメンツも限られている以上、今回の哨戒任務だけでもそれなりの手当が出るはずだ。


 自堕落な夢には近づけているだろう。


『それはその……酒の席で聞いたっすね。それでその……私、思ったことがあるんすけどね? その…………』


 声は上擦っているような掠れているような、飛行中の轟音に搔き消されて酷く聞こえにくいものだった。


 マジェラ樹海上空に差し掛かって、巨大な雲の中に入ったせいで雨粒が打ち付ける音とガタガタと風で機体を軋む音まで声を遮ってくる。


『待て。俺は今のヨミの言葉を聞き逃したくはない。音量あげるから待て……。よし、いいぞ。ハッキリ言ってくれ。頼む』


 ユミフネは朴念仁ではないと自称していたし、大切なことをみすみす聞き逃して、やっぱなんでもないと言われたくはない主義だった。


『この流れで言うのなんかめっちゃ恥ずかしいんすけど。空気読めないって言われたことないっすか』


『だから人の世から離れたいんだよ』


 切実な言葉を述べると、拡音石越しにくすくすと笑い声が漏れてくる。


『その、農場…………!! 一人だけだと手が足りなくて……大変だと思うんすよねぇ……? だから、よかったら……私は、その、着いてってもいいっすけどね。…………可愛いお嫁さんが欲しいともぼやいてたじゃないすか』


『俺は―――』


『侍から小隊機へ告ぐ!! 即座に撤退してください! ――――雲海内なのにドラゴンライダー共が――糞ッ! ――――!』


 返事を遮るように非常事態が起きた。


 耳に直接響く本物の竜の唸り声。


 金属が激しくひしゃげる異音。視界では目視不能だった。


 分厚い雨雲で視界は灰色一色であり、味方機さえも視認できない状況。


 ――この航路で来るとわかっていたかのように奇襲を受けていた。


『総員撤退しろ!! 情報が全部漏れている!!』


 叫ぶと同時、視界を覆う雲を切り裂いて赤竜の残像が横切った。


 鋭爪が複葉機そのものを掴み引き裂いて、爆炎が舞い上がる。

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