第8話 王子の挑戦

11歳の誕生日が近づいたころ。


「アイオニア様、本日はライオネル殿下がいらっしゃる日ですよ。お召し替えをいたしましょう」


侍女のララが言った。

ララはアイオニアが修行を始めたころから仕えており、早朝の剣の稽古も、深夜の魔術の自主訓練も、常に暖かく見守ってくれている。

おっとりした性格で、訓練で疲れた彼女をいつも癒してくれる存在だ。

少しウェーブのかかった栗毛をいつも三つ編みに結っていて、そばかすがチャーミングなお姉さんである。


ララは慣れた手つきで、アイオニアの鎧のような訓練着から、お茶会用の動きやすいドレスへと手早く着替えさせる。


「ええ、分かっているわ、ララ。けれどどうせ、また無意味な時間になるだけよ」


婚約の体裁を保つために三か月に一度のペースで開かれるお茶会は、通常運転のアイオニアにライオネルが吠え、アイオニアが冷淡にあしらうという、決まりきった茶番だったからだ。


その日、ライオネルはアイオニアへの誕生日プレゼントとして、王室御用達の宝石商携えて侯爵家を訪れた。成長したライオネルは、容姿こそ美しく成長していたが、その傲慢さは増すばかりだ。


「やあ、アイオニア。久しぶりだな。これを受け取れ。お前のために取り寄せてやったんだ。最高に美しい宝石だろう?どれでも好きなものを選べ」


ライオネルが宝石商に指示をすると、宝石商は手早く荷物を広げ、煌びやかな宝石の数々をアイオニアの前に並べた。


アイオニアはチラリと宝石を見ただけで、顔色一つ変えなかった。


「ありがとうございます、ライオネル殿下。ですが、わたくしには不要なものです。このような高価なものをいただく理由がございません。」


「なっ!またか!貴様はいつもそうだ!私が選んだものだぞ、この国の第二王子が!」


ライオネルは顔を真っ赤にして吠える。それでもアイオニアは表情ひとつ崩さない。


「殿下、わたくしの目標は剣聖になることなのです。殿下だって、わたくしと結婚するのはごめんだと、いつも仰っているではないですか。」


「剣聖?女が剣聖になれるわけがないだろう!?剣聖っていうのは、この国で最強ってことなんだぞ。魔法の才にも恵まれていないお前が、簡単になれるようなものじゃないんだ!」


ライオネルの言葉は、至極まっとうな意見だ。普通であれば誰もが思うことだろう。しかし、アイオニアの答えは決まっていた。


「そうですね。簡単になれるだなんてみじんも思っておりませんし、なれないと思っていただいていて結構です。」


「なっ…」


「婚約だってまだ正式に決まったわけではありません。ご足労いただくのも申し訳ないですし、今後はお顔合わせも不要では?」


(仲良くしてたって、どうせアイリが登場したら魅了の力で鞍替えするんだから。)


「…俺だってお前の顔なんて見たくないと思っていたところだ!!」


ライオネルはそう言ってテーブルを叩き、部屋を飛び出してしまった。

残された宝石商は気まずそうに立ったままだ。


「申し訳ございません。そういうことなので、お帰りいただけますか?」


アイオニアの言葉に、宝石商はガクリと肩を落とした。


その夜、侯爵家を後にしたライオネルは、自室で激しく荒れていた。


(なぜだ……なぜアイオニアは私を見ない!?俺の地位も、美しさも、プレゼントも、何もかもだ!いつも俺を無視する!)


ライオネルは、アイオニアの無関心が、逆に彼女を強烈に意識させる原因になっていることに気づき始めていた。そして、アイオニアが唯一熱意を注ぐもの、それが剣であることも。


「剣聖だと?そんなに剣が大事なのか!なら俺がお前より強くなったら、お前はどう出る?!」


アイオニアの知らないところで、破滅ルートを避けようとする彼女の行動が、因縁の相手であるライオネルの運命を、僅かに予定調和から外れさせようとしていた。

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