第4話
昼過ぎのギルドは、依頼を受けに来た冒険者たちで賑わっていた。
革鎧の擦れる音、酒の匂い、笑い声や怒号。
その喧噪の中へ、二人の男が足を踏み入れる。
先を歩くのは、アールム。
その肩には二羽の鴉が羽を休めている。
隣を歩くのは、無精ひげを生やした薬師フェイ。腰に吊るされた革袋からは、薬草の乾いた香りが漂っていた。
「……随分と賑やかだな。神殿とは大違いだ。」
「まあ、金が動く場所だしな、気ぃ抜いたら財布をすられるかもな。」
「縁起でもないことを言うな。」
アールムが小さくため息をつくと、フェイは笑って肩をすくめた。
二人はカウンターに向かう。
帳簿をめくっていた受付嬢が顔を上げ、柔らかく微笑む。
「ようこそ、冒険者ギルド〈蛇の中庭〉へ。登録のご用件で?」
アールムが一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「俺はアールム。こっちは薬師のフェイ。正式に登録を願いたくて…」
「どうもどうも。怪我と毒なら任せとけ。あと胃痛も」
「おい」
「仕事のうちだろ?」
受付嬢は苦笑しつつ、羊皮紙を二枚取り出す。
「それではこちらにお名前と出身地を。登録料は銀貨二枚になります」
アールムは慎重にペンを取り、静かに名前を記した。
フェイも慣れた筆の運びで書き終えると、ペンを回して見せる。
「顔は汚いが字は綺麗だろ?」
「達筆だな。」
やりとりを聞きながら、受付嬢は印を押して金属製の札を二枚差し出した。
「登録完了です。ようこそ、冒険者ギルドへ。あなた方の旅路に幸運を」
アールムは札を手に取り、静かに頷いた。
・
「では、この水晶に手を置いてくださいね」
受付嬢はカウンターの下から丸い玉を取り出した。
「これは魔力を測定するための道具です。手を置けば色が変わります。色には属性があり、赤、紫、黄色の三種
赤はトール神、紫はグリームニル神、黄色は女神ヘルン、青は女神チャクの加護を持っている事を示しています。これでお二人の魔力量がわかります。魔力量が多い程色は濃くなります、なので安心して手を乗せて下さい!」
受付嬢に言われるままフェイは水晶に手を翳した、すると強い紫色の光を発ち始めた。
受付嬢は目を丸くしながら驚いている。
しばらくして光が収まると紫色だった水晶は透明になっていた。
受付嬢も驚きながらも冷静にフェイに質問する
「失礼ですが何か特別な訓練でもされたのですか? こんなに強い魔力を持った人を見た事がありません。しかも、グリームニル神の強い加護! あなた一体何者なんですか?」
「い、いや、俺は薬師だぜ?」
「魔法とか使われますか?」
「いや、全然。」
「…勤勉な方だったりしますか?」
「薬については狂った様に勉強したが…。」
アールムも首をかしげる
「グリームニルは魔術の神だ、その加護が在りながら魔法が…使えない?」
「おう、使えない、からっきしだ。」
主神の末子にして、知恵と魔術の神がグリームニルである
魔術師や学問の道を行くものの守護をしている神だと教えてくれた。
アールムも水晶に手を翳す
水晶の色は嵐の色に曇り、水晶の中では雷鳴が轟いている
「姉ちゃん、水晶が壊れたぞ?」
「えーっと、壊れた?」
受付嬢が水晶を調べると水晶の中は嵐の色に染まり、中では雷鳴が轟いて激しく輝いている
受付嬢の顔色が変わる
「これは…」
アールムは不思議そうに水晶を見ている 受付嬢は愕然としてギルドマスターを呼びに走った。
しばらくすると大柄で筋肉質な男がやってきた。
ギルドマスターはアールムの肩をガシッと掴み顔を近づけて睨むように見てきた。
「な、なんだ?」
困惑しながら見返す
「あんたが、魂の水晶が嵐を映したって言う冒険者か?」
ギルドマスターは興奮気味に聞いてきた。
アールムは少し考えた後、そうだと答えるとギルドマスターは嬉しそうな表情を浮かべた。
ギルドマスターは椅子に座り、話し始めた。
「いやあ、驚いた!こんなことが実際にあるなんてな!まあまあ座れ!」
アールムを席に座らせる。薬師も座った
ギルドマスターはアールムの肩を叩いて楽しげに話す。
「まさか俺の代で現れるなんてな!お前さんすげえ神様の加護がついてるじゃねえか!俺でも見た事ないぜ!?」
「えっと…貴方は?」
「ああ、すまなかったな!まずは自己紹介からだな!俺はこのギルド《蛇の中庭》のギルドマスターのテュールだ!よろしくな!」
大男は豪快に笑いながら自己紹介した。
アールムが戸惑いながらも挨拶をする。
「俺の名前は神官のアールム、隣は薬師のフェイ」
フェイも軽く頭を下げる仕草をして挨拶をした
「がっはっは!神官に薬師とはまた珍しい組み合わせだな!俺の事は気軽にテュールと呼んでくれ!」
テュールと名乗ったギルドマスターが聖職者の肩を抱くのをやめて握手を求めた。
アールムが手を握ると力強く握り返してきた。
「あんたすげえ神様の加護を持ってるらしいじゃねえか」
アールムが答える前に水晶を見た受付嬢は言葉を続けた。
神の王ヴォーダンです。
しかも、寵愛者ですと呟いた受付嬢の体は震えていた
その瞬間、テュールの顔色が変わり、目を大きく開いて口を開いた。
驚きの声を上げたのだ。
テュールがアールムに詰め寄ってくる。
「寵愛を受けてんのか?!」
アールムが何か言おうとしたら、ギルドマスターが遮るように言葉を被せた。
「ヴォーダンは最高神だぞ?!しかも寵愛者だと!」
テュールが真剣な顔つきで聞いてくる。
「俺は確かに昔神官として働いていたが…だが、寵愛なんて…。」
アールムが戸惑いながらそう答えるとテュールは首をかしげた、だが、怒ってる訳でも落胆している訳でもないようだ。
むしろ興味津々といった感じだった。
「俺はヴォーダンの信仰者だ、それじゃ答えにならないのか?」
テュールはうーん、と首をかしげ頭を掻いた
「ヴォーダンの信者は多いが…信者なら知ってるかと思ったんだけどなぁ…しかも…寵愛を受けてる…うーん。」
寵愛者
神の信徒の中で加護を与えられるものは沢山居る。
しかし、寵愛を受けるなど滅多にない事である。
このミズガルズに寵愛者が現れるのはおよそ古い文献から見て600年ぶりであろうか?
神の王の愛を受けるなど滅多にない。
王からの祝福の条件は定かではない、だが、この世界の歴史には確かに寵愛を受けた者たちは居た。
「それこそ、英雄の器じゃ…」
「俺は神官だ、奇跡を歌い、神の物語と心を人々に伝える、それが俺の役目だ。」
アールムが言うとテュールは言葉を聞いて驚いた顔をして、それから笑顔になった。
彼もつられて微笑んだ
「ひょっとしたらお前は歴史に名を刻む大英雄になるかも知れねえな!」
フェイが咳払いする
「なあ、俺のこと忘れてないか?」
テュールがハッとしてフェイに向き直り、悪い悪いと豪快に笑った
「あんたとも話してみたいと思ってたんだ!俺はテュール!よろしくな!」
テュールが手を差し出してくる。
フェイは差し出された手を握り返した。
「あんたグリームニルの加護を受けてるんだろ!?知恵と魔術の神グリームニル!しかもかなり強い力の持ち主だよなあ!俺の親父が言ってたよ、グリームニルの加護を受けた魔術師はかなりの使い手で、しかも魔術の深淵を極めているってさ!」
フェイが苦笑いする。
「そんな大層なものじゃねえよ、ただの薬師だ…魔法も使えねえし」
「もしかしたら薬の方面の知識かも知れないぞ、グリームニルは知恵の神だからな。」
「なら、俺は薬で面倒ごとを解決してみせるさ。」
「よし、なら、早速仕事だ。」
テュールは満足げに頷き、机の上に一枚の羊皮紙を広げた。
そこには、街の簡易地図と赤い印がいくつも記されている。
「最近、この辺りで切りつけ事件が多発してる。夜道で人が襲われ、傷を負わされるが……妙なことに、誰も犯人の顔を見ていない」
「切りつけ?」
アールムが問う。
「被害に遭った連中は傷口に“腐蝕の兆候”が見られた。普通の刃じゃない」
フェイの目が細くなる。
「毒か、あるいは呪い。嫌な予感がするな」
「だろう?だから、神官と薬師のお前らに頼みたい。」
テュールは義手の指で地図を叩き、低く言った。
「現場は南区の裏路地。被害者が出たばかりだ。行って、跡を調べてきてくれ。もし人間の仕業じゃなけりゃ、討伐許可を出す、人間だったら取っ捕まえてくれ。」
アールムとフェイは視線を交わす。
新たに手にした冒険者の札が、掌の中でわずかに冷たく光った。
「わかった。」
「早速、仕事ってわけか。いいね、腕が鳴る。」
二人が扉を押し開けると、外の陽光が差し込んだ。
その光の中へ、二人の影が静かに伸びていった。
神官と薬師の物語(仮) もちもちだいふく @BlueJewel39119
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