第4話「I’m from Japan ②」


──太平洋上空。


 訓練飛行を終えた戦闘機が、那覇基地へと帰還していた。機体はF-47改。三十年前の型で、いまでは旧式扱いだ。


 だが、神凪裕二にとっては七年間を共に戦い抜いた“相棒”だった。

 二十歳で初めてこの機体に乗ってから、挫折も栄光もすべてを分かち合ってきた。


──日本が誇るエースパイロット、神凪裕二。

 劣る機体で最新鋭機を翻弄し、二十七歳にして日本のトップに登りつめた。

 古びた機体をまるで身体の一部のように操るその姿は、まさに空の支配者だった。


 軽い鼻歌を口ずさみながら帰艦していた神凪の耳に、無線が飛び込む。


『最新鋭のAI戦闘機が誤作動を起こし、制御不能状態に入っています!』


「……撃墜許可は?」


『実弾は未搭載。レーザー兵装のみです。攻撃プログラムは停止中。

 可能な限り制圧してください!』


「最新鋭ってことは──ツクヨミか」


 神凪の口元に、わずかに笑みが浮かぶ。


「いいね。アイツとは一度、勝負してみたかったんだ」


『勝負って……お願いしますよ、神凪隊長! 頼れるのはあなただけなんです!』


 だが、その声はもう耳に届いていなかった。

 神凪の瞳は、少年のように輝いていた。

 操縦桿を握る手には、わくわくとした熱が宿っている。


 レーダーでツクヨミの現在位置を確認しようとした瞬間──

 背後を切り裂く閃光が走った。


「……まさか」


 振り向く間もなく、ツクヨミが神凪の機体を追い抜き光の残像だけを残して、はるか遠くへ消えていく。


「フライングかよ……じゃあ、レースを始めようか」


 操縦桿を強く握り、エンジン全開。

 F-47改が咆哮を上げ、急速に加速する。

 だが、距離は少しずつ開いていく。




──那覇基地・管制室。


「……大丈夫でしょうか? 性能差は明らかにツクヨミの方が上です」


 リサはモニターを見つめ、唇を噛んだ。

 点滅する光点は、ツクヨミと神凪の位置を示している。

 間隔は広がる一方──まるで追いつく気配がない。


「大丈夫ですよ」


 隣の管制官が静かに答える。


「彼で無理なら、日本に……いや、世界にツクヨミを止められるパイロットはいません」


 神凪の出撃。それだけで室内の空気が落ち着きを取り戻す。

 誰もが知っている。神凪が飛ぶ時、空は彼の味方をする。


「お手並み拝見といこうじゃないか」


 視察団の一人が笑みを浮かべる。

 世界一の操縦技術を、この目で見る瞬間が来たのだ。




──太平洋上空。


 距離はまだ詰まらない。

 しかし、神凪の顔には焦りではなく、確かな笑みが浮かんでいた。


「中々やるな……じゃあ、これならどうだ!」


 機体は急下降をし海上すれすれを飛行しながら、操縦桿を左に切る。

 機体が135度傾き、空が下、海が上に入れ替わる。


 スライスバック──高度を犠牲にして速度を得る機動。

 海面ギリギリの反転で、視界が真っ白な水しぶきに包まれた。


 Gが身体を押し潰す。だが、それが心地いい。

 ツクヨミの背中が、徐々に大きくなっていく。


「よぉ、久しぶりだな」


 つぶやいた瞬間、ツクヨミが上昇しながら右へ旋回。AIは完璧な三次元軌道を描き、逃走経路を変える。


「いいよ……ツクヨミ。お前も楽しんでるな?」


 神凪は笑い、即座にハイ・ヨー・ヨーに移行。

 上昇で速度を殺しながら右旋回──角度差を利用して真上から切り込む。


 そして、ついに捉えた。


「追いついたぞ。次はどう出る?」


 AIは即座に反撃。180度ロールし、背面飛行のまま下降へ。

 そのまま逆宙返りで水平へ戻る──スプリットS。


「真下か……!」


 神凪も反転。だが、高度が足りない。

 海面ギリギリで切り返す。波間をかすめるほどの距離。


 視界に白い線が走る。機体が空気を裂いていた。


「そんな角度……無理よ!」


 管制室でリサが思わず叫ぶ。

 管制官として長年の経験を持つ彼女でさえ、この軌道を理解できない。


 ざわつく室内。誰もが息を詰めて見守っていた。


「撃墜許可を出しますか? 今ならレーザーで捉えられます!」


「いや、待て!」


 無線から神凪の声が割り込む。


「俺に考えがある!」


 静まり返る管制室。


「……考えって、一体……?」


 誰も答えられなかった。


──ツクヨミとの最終局面が、今始まろうとしていた。




第4話 了

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