【市民生活課特別資料-●●市特別封緘記録8-】

●●市役所市民生活課

第四地区住民談「赤い屋根」

●●市の第五地区にある学生寮の話、知ってる?

あそこ、昔から“丘の上の赤い屋根の家”のことは、あまり話しちゃいけないことになってるんだって。


寮の窓から北のほうを見上げると、木々の間にちらっと赤い屋根が見えるときがある。

でも、いつ見てもあるわけじゃない。

”見える日と、見えない日”がある。

曇りの日でも、朝でも、夜でも――不思議とその“屋根の色”だけははっきりしてる。


寮の先輩が言うには、あの家は“もうないはず”なんだそうだ。

十年以上前に取り壊されたのに、なぜかまだ屋根だけ見える日があるらしい。

「見えるときは、見られてるんだよ」

って、先輩が真顔で言ってた。


ある年の新入生で、Kって子がいた。

人懐っこいけど、ちょっと強がりなタイプ。

「そんなの迷信だろ」と笑って、夜にこっそり寮を抜け出したんだ。

一緒にいた友達は、丘のふもとまでついていったけど、途中で怖くなって引き返したらしい。


Kはそのまま一人で丘を登っていった。

道は獣道みたいに細く、草がひざの高さまで伸びていた。

それでも、赤い屋根だけがずっと前に見えていて、

まるで“導かれている”みたいに道が続いていたんだと。


丘の上に着くと、本当に家があった。

古びていて、壁の色はわからないほど剥げてたけど、屋根だけが真新しく赤かった。

赤というよりも、濡れているように光って見えた。

家の前には誰もいなかった。

でも、風もないのに玄関のドアがゆっくりと開いた。


Kは中を覗いた。

畳の部屋が一つ、奥には古い鏡台が見えた。

鏡の中に、白い服を着た子どもが立っていた。

顔はぼやけてて、笑っていたらしい。

その瞬間、赤い光が鏡いっぱいに広がって、

次に気づいた時、Kは丘のふもとで倒れていた。


それからKは、ずっと目の調子が悪くなった。

「赤い光が、まぶたの裏から消えない」と言って、

授業中も、夜も、ずっと赤い何かを見ていたらしい。

しばらくしてKは退寮した。

実家に戻ったと聞いたけど、そのあと消息はわからない。


半年ほど経ったころ、別の学生が言った。

「最近、寮の窓に何か映る」って。

夜中に窓を閉めようとすると、ガラスの向こうに家の屋根が映ってるんだって。

でも実際には、丘の上にはもう何もない。

空き地になっていて、雑草ばかりが生えてる。


「赤い屋根は、まだそこにある」

そう言った子がいたけど、翌朝からしばらく学校を休んだ。

理由は誰も聞かなかった。

みんな、なんとなく察してた。


だから、寮の先輩たちは今でも言う。

「赤い屋根が見えた日は、外を見ないほうがいい」

「興味本位で確かめるな」


屋根が”見えてる”んじゃなくて――

“見ている”のは、向こうのほうなんだって。


この話、寮では“赤い屋根のおばけ”って呼ばれてる。

年に何回かだけ、誰かがふと、夜の窓にそれを見る。

そのときは、絶対に声を出すな。

名を呼ぶな。

窓を開けるな。


屋根の赤は、ただの反射なんかじゃない。

“気づいてしまった人の目”にだけ、映るんだって。

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