第3話 不誠実なのはお互い様

「……ッ!」


 リオンはぐっと言葉に詰まったあと、ぶるぶると拳をわななかせる。


「だっ……大体! お前らはいつの間にそんな仲になったんだ!?」


 ……彼はそれが反撃の口実になると思っているのだろうか?


 私は内心で呆れつつ、


「答える必要もありませんが……そうですわね、少なくとも貴方たちよりもとだけ言っておきますわ」

「っ!」


 こちらの返しに、リオンだけでなくカトリーナもビクッと肩を震わせる。


「もうひとつ言っておきますと、私はまだ清い身のままですからね」

「……え」


 思わずなのか、カトリーナが声を漏らす。


 彼女は慌てて口許を押さえるが、もう遅かった。


「えって何かしらカトリーナ?」

「あ、いえ、その」

「あなたの中で私ってどう思われてるのか気になるわね」


 私は失笑しながら軽く小首を傾げる。


「それとも、自分がやってることは誰でもやってるなんて、そんな風に考えてる?」

「そんなことは……」


 カトリーナは目を潤ませ、わっと顔を両手で覆う。


 ここですぐに泣ける役者ぶりだけは褒めてあげてもいい。


 実際、それで騙される男はいるわけだし。


「カトリーナ……! おい、これ以上彼女を侮辱するな!」


 静かに泣き始めた彼女をリオンは庇い、私を怒鳴りつける。


 それでも私は攻撃を緩めない。


「結婚前に体で男を誘惑する女に守られるべき名誉などあって?」

「ふざけるな! 大体、俺たちがそんなことをした証拠があるのか!?」

「ありますけど、見せましょうか?」


 さらりと言い返すと、泣いてるはずのカトリーナの背がビクンッと跳ねた。

リオンも蒼い顔をしている。


「いくら私でもたかが失言ひとつでここまで言いませんわ。証拠のひとつやふたつ当然抑えています」

 

 私は嘲笑を交えながら、その視線をリオンにも向ける。


「なんならいつどこでふたりが何回盛りあったか、つまびらかに致しましょうか?」

「……このッ!」


 カッとなったリオンがテーブルから身を乗り出す。


 そのまま私に殴りかかろうとした彼の腕を、横からカイルが掴んで止めた。


「……」


 カイルは無言で力を込める。


 骨が軋む音がして、リオンは顔を顰めた。


「離せ!」

「……」


 カイルが手を離すと、リオンは手首を擦りながらソファに座り直した。


「……」


 私としては別に殴られてもよかったのだけれど。


 リオンから暴力を受けていた証拠として残しておけば、ひとつ手札が増えるし。


「大丈夫かヴィクトリア?」


 カイルは私の頬に触れながら尋ねてくる。


 殴られる前に止めたのは貴方だけど?


 それとも「殴られそうになって怖くなかったか?」という意味かしら?


「ええ」


 私が頷くと、カイルは微笑みながら手を離す。


「……」


 部下からも『鉄仮面』と呼ばれていた彼が、随分と柔らかくなったものだ。


 出会った頃のカイルときたら、それはもう冷淡で表情がなく、ただ淡々と仕事に勤しむだけのつまらない人間だった。


 王族の一員として、若い内から国の仕事を任されるのは優秀な証拠。


 その点ですでにリオンに勝っていた。


 けどそれだけではダメだ。


 王族なんてものは、実際のところ民衆からの人気商売だ。


 だからこそ見た目や所作にも気を遣うべき。


 そう言って数年がかりでカイルを『王子様らしく』育てた甲斐があったというもの。


 最初は本当にヒドかったし。


 あれは確か……ちょうど一年前だったかしら?


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悪逆女帝ヴィクトリアの戴冠~悪女と呼ばれた私が帝位を簒奪するまで~ 猫乃あのね @Kanzetsu

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