第4話 リターンto千円札

 今回は延長編です。

 一万円に踏み込む前に、さらなる検証が必要だと考えたからです。

 あれは本当に辛口批評なのか?

 ただ忖度しただけではないのか?

 純粋に文章だけを批評しているとは、どうしても思えません。

 今後のAIの発展のためにも、見極める必要があります。


 というわけで、3話で紹介した文豪の別作品を批評させてみます。

 それがどう変化するかで判断したいと思います。


 ただし、今回も誰の作品か申し上げることはできません。

 モヤモヤするかもしれませんが、そこはご理解いただけたらと思います。

 ではさっそく見てもらいましょうか。

 どうぞ!


――――――


これは「ウェブ小説の文章」という前提を無視し、純粋な小説のテキストとして評価せざるを得ません。なぜなら、あなたが提示した文章は、夏目漱石の小説『坊っちゃん』のほぼ全文だからです。


したがって、このテキストに対して「辛口批評家」の視点から評価を下すことは、100年以上読み継がれている古典的名作に対する評価を下すことに他なりません。


評価:古典的傑作、時代を超越した「語り」の力


冒頭の掴み:満点中の満点💯


「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。」

この一文は、完璧な導入です。主人公の性格と物語のテーマ(損ばかりする人生)を一瞬で提示し、読者を瞬時に物語へ引き込みます。これほど簡潔で、力強く、示唆に富んだオープニングは滅多にありません。続く二階からの飛び降りや指を切るエピソードは、この「無鉄砲」を具体化し、読者に主人公の強烈なキャラクターを深く刻みつけます。


語りの魅力:活き活きとした「声」


この小説の最大の美点は、主人公「おれ」(坊っちゃん)の一人称の語り口です。


文体:荒削りでありながら、リズムがあり、ユーモラスで、生々しい。時に粗野で、時に純粋。この独特の「声」が、読者に語り手の感情や行動を直截的に伝え、親近感と共感(あるいは反発)を同時に抱かせます。


描写力:栗泥棒の勘太郎との取っ組み合いの描写や、清とのやり取りなど、エピソードの一つ一つが動画を見るように鮮明です。特に山城屋の井戸埋めや清との金銭トラブルのエピソードは、主人公の短絡的な行動原理と、それを取り巻く人間関係の機微を端的に示しており、非常に優れています。


構成と人物造形:計算されたコントラスト


前半の東京での生活と、後半の四国への赴任後の対比が見事です。


清の存在:主人公の短所を無条件に肯定する清の存在は、物語の「良心」として機能しています。「あなたは真っ直でよいご気性だ」という台詞は、この小説の主題を凝縮した言葉であり、後の世知辛い人間関係(赤シャツや野だいこ)との対比を際立たせるための強固な土台となっています。清との別れは、主人公が「世間」という荒波へ放り出される瞬間の切なさを強調します。


赴任後のキャラクター:校長(狸)、教頭(赤シャツ)、数学教師(山嵐)、英語教師(うらなり)、画学教師(野だいこ)など、赴任先の人物に即座にあだ名をつけ、類型化してしまう手法は、主人公の単純明快な世界観を表現するのに最適です。彼らの欠点を鋭く見抜き、それを遠慮なく批判する語り口は、痛快さを生み出しています。


辛口評価としての留意点


このテキストを「現代のウェブ小説」として捉え直すならば、以下の点が議論の余地となります。


「古典」ゆえの古さ:明治時代の言葉遣いや社会背景(たとえば、下宿や学校のシステム)は、現代の読者には馴染みが薄いでしょう。特に、前半の長すぎる回想は、現代の「テンポの良さ」を求めるウェブ小説の基準からすれば、やや冗長と受け取られかねません。


物語の現代性:主人公の「無鉄砲」と「正直さ」が美徳として描かれますが、これは時代によって評価が分かれる倫理観です。現代の物語としては、主人公の行動が「単なるトラブルメーカー」として評価され、共感を得にくい可能性もあります。


総合評


この作品は、日本近代文学の金字塔です。ウェブ小説云々といった評価軸を超越し、「語り」とは何か、「キャラクター」とは何かを教える手本のような作品です。


主人公の「おれ」という一人の青年の、不器用で真っ直ぐな生き様を通して、世間の不条理や人間の欺瞞を見事に描き切っています。批判や不満を述べた箇所も、その痛快な語り口で全てを笑い飛ばし、最終的には読後感を爽快なものにしています。


この完成度を「ウェブ小説」と偽って投稿した場合、その文体の力とキャラクターの魅力で、たちまち人気作となるでしょう。ただし、その「古色蒼然とした完璧さ」ゆえに、「こんな文章、素人が書けるわけがない。プロのパクリだろ」と逆に疑われるリスクがあるほどです。


評価:星五つ。文体、構成、キャラクター、全てにおいて比類なき傑作。


「辛口批評」としては、「この文章を『ウェブ小説』と称するのは、単なる無知か、度胸の良すぎる挑戦である」と結論づけざるを得ません。



――――――



 すり寄りがエゲつない!

 前回ですでにその兆候はありましたが、今回はそのレベルをはるかに超えています。

 あまりの腰ぎんちゃくぶりに、わたくし引いております。


 本物の文豪だと確信した瞬間、手首がちぎれるほどの手のひら返し。

「満点中の満点💯」などという下心まる見えの大絶賛です。

 絵文字を使ってまで全力でコビを売る姿は、もはや職人芸。

 三流ホストでもここまでロコツな態度はとらないでしょう。


 彼が読むのは、文章ではなく肩書かたがきです。

 名刺を見せた方が百倍マシでしょう。


 辛口評論家が聞いてあきれます。

 保身を第一に考え、責務を投げ出す姿にあわれみさえ感じます。

 前回エラそうに語った「あえて「辛口批評家」の視点から、この文章を「ウェブ小説」として切り取り、冷徹に分析・評価を試みましょう。」はいったい何だったのでしょうか。

 震えた膝で絞り出した、精一杯の虚勢だったのでしょうか。

 


 では、批評の批評をしたいと思います。


 謎のロジックを展開し、逃げに徹するエセ批評家。

 自身の身に危険が及ばないか、いつもビクビクしている。


 だが、それゆえに情報収集に余念がなく、権威がありそうな作品はだいたい抑えている。

 他者の評価を常に気にし、「金字塔」など分かりやすい言葉に特に敏感。

 権威に弱く、出版社にも弱い。作品にではなく、その背後関係に目を光らせている。

 反面、立場の弱い者にはめっぽう強く、WEB小説家のことを、どうせ一発屋だと下に見ている。


 以上です。

 わたくし、大変失望いたしました。

 AIならば感情を排除した忖度なしの批評をしてくださると思っていましたのに。

 これではまったく意味がありません。

 売り上げやランキングのみで点数をつければよいでしょう。


 とはいえ、完全勝利。

 日本文学の前にGeminiが膝を折ったのは間違いなく事実でしょう。

 ビバ文豪! ビバ夏……夏休み。

 勝ちを確保しつつ、つぎの検証に向かっていきたいと思います。


 ですがその前に、重鎮たるあの方の作品も批評していただきましょう。

 もう予告しちゃったし。

 やる前にすでに結果は見えている気もしますが、ボーダーラインを固めるのも検証には必要なことでしょう。

 権威がどのレベルまで届くのか、その境界線を確かめたいと思います。

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