第2話
「……湊……! 起きて、湊……!!」
漂う意識の中で、どこかで聞いたことのある声が響いて来る。
「どうして……どうして湊が急に倒れたの……!? どうせ倒れるなら私が倒れたかった……って、違うわ! 湊が心霊現象に巻き込まれて、喜んでる場合じゃないわよね……!」
……声に喜色が混じっているのは、もうこの際置いておこう。でも……声の持ち主のお陰で、何となく意識がはっきりしてきた。俺は……そうだ『誰か』と一緒に、今居る廃墟の探索に来て……あれ? ……何で『誰か』のことが、分からないんだ?
「……ん……」
「あ! 湊! よかった、無事に起きたのね!! ……湊が起きたってことは、次は私の番なのかしら!! さぁ、幽霊さん!! どうぞ、私の体に心霊現象を与えてみて!? 私は抵抗なんてしないから……!!」
……興奮した様子で、目の前の女の子は両手を大きく広げていたが、暫くそのまま待っても何も起こらず、最後には悲しそうにため息を吐きながら両手を下げていた。
「……なんで何も起こらないの……? 湊は意識を失うっていう心霊現象を、その体で!! 体験出来たのに……!! なんで……!?」
「……えっと……ご、ごめんなさい……?」
「……どうして、湊が謝るの? 私、別に湊には怒ってないわよ?」
「そ、それでも……なんか、悲しそうだったから……」
「……別に、本当に謝らなくていいの……私はいつか必ず心霊現象を、この身で体験するって決めているから……!」
大きな目を爛々と輝かせている様子を見て、この子は本当に心霊現象に遭遇したいんだ、と理解する。……もしかして、俺が……記憶を失ったのも、心霊現象の一つなのか?
「……あの、一つ聞きたいことがあるんだけど……」
「ん? 何かしら?」
「その……君は、一体誰……なんですか?」
「……え?」
「ほ、本当に……申し訳ないんだけど……俺、今……君の名前も、君と俺の関係も……何も、分から、なくて……」
「……それ、冗談じゃないわよね?」
「こんなこと、冗談で言う訳ありません!!」
流石に信じて貰えないかな……と考え少しだけ落ち込んでいると、目の前の女の子の方から、何処か……そう、まるで呪文の様にブツブツと何かを呟いている声が聞こえてきた。
「……これは、心霊現象なのかしら? 記憶喪失になる心霊現象なんて、今まで聞いたことなんて無いけれど……でも、何だってあり得るわ……! だって『心霊現象』なんですもの!」
……目の前に居る女の子が興奮している様を見て、頭の隅が少しだけ、ズキリと痛む。
「いっ……」
「え!? ど、どうしたの? 大丈夫?」
「だ、大丈夫、です……少し、頭が痛んだだけですから……」
「……そう? ……なら、さっきから言いたかったこと、言ってもいいかしら」
「え? ど、どうぞ……?」
女の子の目が、俺の目をしっかりと見つめてくる。
「……湊。お願いだから、敬語は辞めてくれないかしら? ……でも、私たちの関係を本当に覚えてないってことは、分かったわ。……まぁ、最初から信じては居たけれど、ね」
「……つ、つまり……俺たちは敬語のいらない関係だったってことで良いんで……あ、良いんだよな……?」
「当たり前じゃない! だって、私たちは幼馴染よ!? それに、湊は覚えていないみたいだけど、貴方って、私にだけ妙に当たり強いのよ?」
「え? ……当たりが強いって……どんな感じに?」
興味本位で、目の前に居る幼馴染だという彼女に聞いてみる。
「……どんな感じ、って言われたら……湊の隣の席に、とっても可愛らしい女の子が居るんだけどね? その子と私って、結構仲がいい方なの」
「そうなの?」
「ええ。良く一緒に帰ったりしてるわよ」
……この場に似合わない満面の笑みを見て、本当に仲がいい友達なんだ、と思う。後、その人が女の子で良かった、とも。
「それで……ある日の帰り道で、湊の話になったの」
「……俺の話に?」
「そうよ? まぁ、あの子は幼馴染が居ないからって、私と湊のことを羨ましがってたもの。だから、湊の話……と言うか、幼馴染のエピソードになることは結構多かったの」
その会話を思い出しているのか、彼女は少しだけ遠い目をしながら続きを話す。
「それで……あの子、湊が優しいって言い出してね? 私、すっごくビックリしたわ……」
「……どうして?」
「だって……湊ってば、中学校に上がった頃から、突然ぶっきらぼうになったんですもの……しかも、私以外の人に対しても。だから……あのぶっきらぼうな対応をあの子に取るんじゃ無いかって、少し……いえ、結構心配してたくらいなのに……」
そう言って少しだけ悲しそうに俯く彼女を見て、俺は罪悪感を覚える。
「……その……ごめん」
「え? ……いいのよ、別に。それに、今の湊には記憶が無いのでしょう?」
「それでも……俺が、君にやった事だから……」
「(……これが、本来の湊の優しさ、なのかもね)」
「え? ……今、何か言った?」
「……いえ、なんでもないわ」
困ったように微笑みながら、俺を見つめて来る彼女の顔を見て、少しだけ頭が痛む気がした。
「……さて……これから、どうしましょうか」
「これから?」
「ええ……湊には悪いけれど、私は探索を続行したいと思っているの」
「ここの探索を?」
「そうよ。それに……ここで湊の記憶が無くなってしまったのなら、今、この場所でしか取り戻せないって……私は、そう考えるわ」
彼女の真剣な目を見て、俺は……俺としては、会ったばかりの彼女を信じることにした。
「……分かった。俺は君に着いて行くよ」
「……いいの? そんなに簡単に決めてしまって……」
「いいよ。それに、俺には今、君しか頼れる相手が居ないからね」
「……なら、存分に私に頼りなさい!! 私は貴方の幼馴染なのですから!! ……でも……流石に君って呼ぶのは辞めて欲しいわ!!」
「え、あ……それはごめん。でも……俺、君の名前、分からなくて……」
「……え? ……もしかして……自己紹介、しなかったかしら……?」
「えっと……『私たちは幼馴染よ』ってことは言ってたけど……」
「ああ……名前は言って無かったのね……ごめんなさい……」
本気で落ち込んでいる様子の彼女に、どこか違和感を覚えながら、声を掛ける。
「……俺は、大丈夫。それに……日常で生活してて、突然友人とか家族とかが記憶喪失になる、なんてことは滅多に無いだろうし……対応が分からなくても仕方ないよ」
「……湊……慰めてくれて、ありがとう。それと……もう一度だけ言わせて……ごめんなさい」
「え!? い、いや……俺は本当に大丈夫だから! ね!? お願いだから、頭上げて!?」
……なんで、こんなに必死に……俺に謝って来るんだろう? 本当なら、目の前の彼女が俺に向かって頭を下げる必要なんて微塵もない筈なのに……
「……不満そうな顔をしているわね……そんなに、私が貴方に謝っているのが不思議なの?」
いつの間にか、頭を上げていた彼女が、俺に……そんな問い掛けをして来る。
「……うん……だって、俺的には……君は謝る必要なんて無いって…そう思うから」
俺なりの考えを彼女の目を見ながら伝えると、彼女は……少しだけ悲しそうな顔をしながら、
俺に向かって必死に謝る理由を教えてくれた。
「……貴方の考えは分かったわ。でも、貴方が記憶喪失になったのは……私が今日、ここに来たいって言ったからよ。……湊は最初から乗り気じゃ無かったの。でも……久しぶりに、湊と心霊スポットに行きたい……って、そう思ってしまって……」
「……そうだったんだ……」
「ええ、そうなのよ。だから、貴方が記憶喪失になってしまったのは私の責任……湊の記憶が戻る様に、精一杯サポートするつもりだったのに……」
彼女の顔を見て、また……頭がズキリと痛む。暫くして、この痛みは記憶が戻る兆しなのでは、という考えに至り、彼女に未だ聞けていなかった名前を聞こうと彼女の方を勢よく見る。すると……俺のすぐ近くに居た筈の彼女は、跡形もなく、消え去ってしまっていた。
「……え?」
部屋の何処を見渡しても居ない。「おーい!」と声を上げても、反応は何も返ってこない……
「……これは、本当にヤバいかも……」
さっきから、冷や汗が止まらない。それは、今、この場所に一人だと気付いてしまったからなのか、それとも……幽霊が近くに居るからなのか……なんて、嫌な想像ばかりが頭を駆け巡ってしまっていて、俺は必死にその考えを払拭しようと、別のことを考え始める。
「……俺は、彼女とは幼馴染だって聞いた。だから、頑張れば……彼女の名前くらい、一人で思い出せる筈……!」
必死に彼女の名前を思い出そうと、唸りながら頭を抱える。しかし、幾ら考えても、幾ら頭を抱えて唸ろうとも、彼女の名前を思い出すことは無かった。
「……くそっ! ……こう、なったら……」
恐る恐る、廊下へと続くであろう扉を、音を立てない様に慎重に開ける。
「……何も、居ない……よな……?」
小さな声で独り言を呟きながら、俺は部屋の外を見て、少しだけ感嘆の声を上げる。部屋の外には暗闇が続いている、と勝手に思い込んでいたが、その思い込みに反して、廊下は窓の外から差し込む淡い月の光に照らされていて……部屋の中よりも明るかった。
「……なんか、すごく安心する……月の光のお陰で、明るいからか……?」
長い長い廊下に一人、窓の外、空に浮かぶ月を見つめながら、呟く。
「……俺は、必ずあの子を見つけて、一緒に帰ります。だから……俺たちが無事に家に帰る時まで、見守っていて下さい。……お月様」
俺の言葉に月が答える筈がないのに、何処か……先程よりも、月の光が強まった、気がした。
「……気のせい、だよな……?」
……少しだけ不思議な気分になりながらも、俺は覚悟を決め、あの子を探す為に歩き出した。
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