飛べない鷹と飛ばない鶴、交わらない空の下で

@take1031

第1話 飛べない翼


俺の席は窓際の前から2番目。

日差しが暑くて溶けそうになる。

だが、この欠陥校舎はカーテンがない。

寝るためにうつ伏せになるにしても頭皮がやけるとうに熱くなる。


心「はぁ、あっつい」


真「へへへっ、暑そうにしてんなー」


心「うるさいなぁ」


真「いいだろ俺の席、ちょうど柱の横だから日差しが暑くねーなー!!」


猪村真斗(いのむらまさと)、幼なじみ。

名前の順のせいでよくこいつに絡まれる。

まぁ、今となってはそれもありがたいことなんだけど。


真「なぁ、こうちゃーん。クーラー直当たり席にいるんだから俺にハンディファン貸してよー」


蛇穴 宏太朗(さらぎこうたろう) 一言で言うとクールな奴。悪く言えば読みにくい奴。

根は優しいんだろうけど刺さる事言ってくるよな。


宏「むり」


その一言だけでシャットアウトされた猪村は悲しそうに後ろの席の鷲宮空音(わしみやそらね)に話しかけた。


真「今の聞いた?」


空「うん、聞いた」


真「じゃあその手に持ってるハンデ」


空「むり」


即答かよ…


真「そんな食い気味に断わらなくても!」


空「だってその席暑くないじゃん!心助になら貸したいけど」


心「え、まじ」


空「いいよ」


ラメでキラキラしまくったハンディファンなんだが…指に刺さる。

痛いし眩しいし、光の反射で暑い気もしてきた…


真「それはひいきか?ひいきだよな?!」


宏「さっきからうるさいよ、余計暑くなる」


宏太朗のその冷房より効きそうな冷気分けてくれよ。

近くに行けば涼めるかな?


チャイムが鳴る。昼休み。

汗のにおいと機械油の混ざったような北泉鳥工業高校の空気。

この空気にも、もう慣れたつもりだった。


真「おーい心助、今日さ、隣町行かねぇ? 白鳥奏学院の文化祭」


心「お前、よくそんな情報持ってるな」


真「空音から聞いた! “女子校でスイーツ出すらしい”ってよ!」


心「……お前、妹の誕生日プレゼント買う金もギリギリなのに?」


真「それとこれとは別!」


空「スイーツって言葉に弱いよね、真斗くん」


真「お前も来る?」


空「行かないよ。あそこ、格式高いんでしょ? 場違いになる」


宏「俺も行かない。品行方正な学校は息が詰まる」


真「……じゃあ俺と心助だけで行くか!」


心「え? 俺も?」


真「決定〜!」


逃げる間もなく、昼休みのノリで決まった。

そして、その日の放課後。

汗まみれの作業着姿で、俺たちは“白鳥奏学院”へ向かった。



白鳥奏学院。

北泉鳥工業とは、空気がまるで違った。

静かで、風が通って、花の香りがする。

白い制服の群れ。俺たちはその中で完全に浮いていた。


真「……場違い感、ハンパねぇな」


心「言うな、余計に目立つ」


立ち止まると、風に乗って音が聞こえた。

ピアノの音——でも、どこか違う。

泣いてるみたいな音だった。


真「なにこれ……BGM?」


心「いや、生だな。ホールの方から聞こえる」


誘われるように、俺は自然と足を向けていた。

白い階段を上り、木製の扉をそっと開ける。


——そこにいた。


黒髪を光に透かしながら、ひとりでピアノを弾く少女。

目を閉じて、世界に何もないかのように。

その指先が震えて、音が揺れて、胸の奥がざわめいた。


俺はその時、息をするのを忘れた。


真「お、おい心助……?」


心「……あの子、泣いてる」


ピアノの少女の頬に、ひとすじの涙が落ちた。

それでも彼女は手を止めず、最後の音まで弾ききった。


拍手の代わりに、蝉の声が響いた。


心「……名前、わかんねぇけど」


真「どうした? 好きになった?」


心「……ちげぇよ」


でも、その“ちげぇよ”が、自分でも嘘くさく聞こえた。


——これが、俺と鶴蔵 澪波の出会いだった。

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