第31話 夏期成果コンクール①

スガ先生の特別講座が終わって、

予備校の夏は、ゆっくりと終わりへ向かい始めていた。


そして、その締めくくりとして――

予備校では「夏期成果コンクール」というものが行われることになった。


夏期講習で積み重ねてきたものを、

きちんと形として確認するための機会。


長かった夏が、ようやく一区切りつくのだという実感と、

どこかやり切ったような安堵感。


同時に、胸の奥には、どうしようもない問いが浮かんでいた。


(……私は、上手くなったんだろうか)


そんな思いが、静かに錯綜していた。


アトリエに集まった私たちに向かって、

アンザイ先生の声が響いた。


「夏期講習も、今週で終わりです。

 週の初めに、夏期成果コンクールを実施します」


ざわり、と空気が動く。


「試験内容は、木炭デッサン。

 評価項目は――

 対象物を、どれだけ真摯に受け止めて描いているかです」


一瞬、間が置かれた。


「単純な上手さだけを見るわけではありません。

 この夏、皆さんがどれだけ努力してきたのか。

 それを、絵から読み取らせてもらいます」


そして、最後に。


「……今回は、順位もつけます」


その言葉に、アトリエ内がざわついた。


単純な上手さだけを見ない。

努力を評価する。


――そんなことが、本当に一枚の絵で分かるのだろうか。


疑問と不安が、頭の中を駆け巡る。


けれど、考えても仕方がなかった。


(……私のやることは、一つだけだ)


出された問いに、

絵で答える。


それしかない。


最近は油絵ばかり描いていたこと。

どんなモチーフが出るのか分からないこと。


小さな不安はいくつもあったけれど、

それでも私にできるのは、描くことだけだった。


そして、コンクール当日。


アトリエ内には、いつも以上の人数の生徒が集まっていた。


夏期講習に参加していなかった生徒も、

このコンクールには参加する。


久しぶりに見る顔。

夏の間、毎日のように見ていた顔。


その中には――

かつて私と一緒に、アンザイ先生から画材の説明を受けていた

あの“少し不良っぽい彼”の姿もあった。


夏期講習中、彼の姿を見ることはなかった。


(……この夏、彼はどんな時間を過ごして、

 どんな絵を描くんだろう)


それは彼だけじゃない。


ここにいる全員が、

それぞれの夏を越えて、この場に立っている。


きっと、誰もが同じように、

胸の内に何かを抱えながら開始を待っていた。


「はーい、みんなお待たせさま!」


オオワシ先生の声が、空気を切り裂く。


続いて、アンザイ先生とスギヤマ先生が、

課題用紙とモチーフを一人ひとりに手渡していった。


受け取ったプリントには、こう書かれていた。


――

素描

「モチーフを注意深く観察し、自由に描きなさい」


※ただし、「造花」は加工禁止

――


そして、渡されたモチーフ。


造花、二本。

A4サイズの茶封筒、一枚。


(……これだけ?)


思わず、そう思った。


「全員、行き渡ったかな?」


スギヤマ先生が、アトリエを見渡す。


「よし。

 それじゃあ、みんな。

 持てる力を全部出して、良い作品を描きましょう!」


その合図と同時に、

アトリエ内に一斉に音が広がった。


紙を押さえる音。

鉛筆や木炭が走る音。

息を整える気配。


――始まった。


あとは、時間の許す限り。


ただ、描くだけだ。

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