第27話 夏期講習 友達と画塾③

画塾――美術研究所の人たちは、驚くほど気さくで、

まるで昔から知り合いだったかのように私を迎えてくれた。


最初に話しかけてくれたあの女の子は、

高校一年生の ミサちゃん という子だった。


近くの“美術系女子校”の付属に通い、

中・高・大とエスカレーター式に美術を学び続けているらしい。

さらにバイオリンと塾にも通っているという。


(……スーパー高校生って、本当にいるんだ)


デッサンを見せてもらうと、それはもう完成度が高くて、

予備校の浪人生と遜色がない――どころか、

正直、普通に勝っている気がした。


次に、矢継ぎ早に質問を浴びせてきた小太りのメガネの男性。

彼は クマダさん といって、ゲーム会社でUIデザインを担当しているらしい。


そして突然、スイッチが入った。


「いいですか!? UIデザインは操作性と見やすさが命なんです!!

 だからね、背景と同化しそうな文字とか、

 やたら派手なだけのエフェクトとか……!」


一拍置いて、魂の叫び。


「クソなんですよ!? わかります!?」


まるでサンボマスターのボーカルのような熱量だった。

内容の半分はわからなかったけれど、熱意は100%伝わった。


そのクマダさんを横から軽く小突き、

「あ〜また始まった」と呆れ気味に嗜めたのが、

短髪で男勝りの雰囲気をした シブヤさん。


T美大の建築科卒で、今は有名劇団の舞台美術を手がけているらしい。


「ほらクマダさん、初対面の子を引かせないの。座って座って」


テキパキと場を回しつつも、みんなに自然と目を配る姿が、

この画塾の“姐御”という感じで、とても頼もしかった。


(……ここ、本当にあったかい場所だ)


ウッチー――ウチダ君が

「通いやすいんです」と言っていた理由が、

少しわかった気がした。



そして、私をここへ誘ってくれた ウチダ君。


写真と映画が好きで、

将来はその道に進みたいという理由から映像科を選んだのだという。


「でも絵が描けないと、映像でも詰まるところがあって……

 だから、ここでも基礎から学ぼうと思ったんです」


(……それ、すごくわかる)


予備校は“初心者を0から教えてくれる場所”ではない。

むしろ、0→1の段階こそ一番苦しいのに、

そこを自分で埋めるしかない。


だから彼が画塾に通い始めた理由は、痛いほど理解できた。


そして――

ウチダ君がふと、先生のことを教えてくれた。


「先生ね、37歳までトラックの運転手だったんですよ。

 家族を養いながらT美の日本画に入って……大学院まで行って……

 それでこの研究所を始めたんです」


私は思わず、

ゆっくりとデッサンを見て回る ウシジマ先生 の背中を見つめた。


白髪混じりの頭。

少し丸い背中。

けれど歩き方には、人生を切り開いてきた人の静かな重みがあった。


(……そんな生き方、できるんだ)


年齢も環境も関係なく、

“学びたい”と思えば進める。


その事実を、先生自身の人生が証明していた。


胸の奥が静かに震えた。


(ここに来れて、よかった……)



「こんばんは〜」


私がそんな感慨に浸っていたとき、

玄関口からまた新しい声がした。


男女2人組が入ってくる。


先に現れたのは、長身で落ち着いた男性―― マシロさん。

特撮や戦隊ヒーローの

スーツ・造形・小道具制作を本業にしている職人だという。


「そんな世界の人が……ここに?」


驚きで息が漏れた。


次に入ってきた女性は、

黒髪に眼鏡の静かな雰囲気の ミタライさん。


自己紹介がふわっとこれだった。


「青年向け漫画描いてます。……まぁ、いわゆるエロ漫画家ですね」


一瞬、脳の処理が止まった。


しかしミサちゃんもシブヤさんも、

「あ、お疲れさまです〜」と普通のリアクション。


(変わった人材の坩堝だ……)


本気でそう思った。


トラック運転手から日本画家になった先生。

映像を志す学生。

美術エリートの高校生。

劇団の舞台美術家。

ゲームUIのデザイナー。

特撮スーツの職人。

エロ漫画家。


肩書きも年齢もバラバラなのに、

みんな「絵が好き」という一点で自然につながっている。


その空気が、不思議なくらい心地よかった。


(たった一日なのに……ここ、すごく好きだ)


気づけば、緊張していた肩の力がゆっくりと抜けていた。

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