第22話 夏期講習―100枚ドローイング①

あの自転車に轢かれた痛みもようやく癒えて、

夏期講習の生活にも少しずつ慣れてきた頃。


密かに気になっていた“あの課題”が、ついにやってきた。


――100枚ドローイングである。


ただ、ひたすら描く。

描いて、描いて、また描く。

“手で考える”タイプの生徒には天国だし、

“じっくり派”には地獄みたいな課題。


その前に、一度整理しておきたい。

美術の世界ではよく聞く スケッチ/クロッキー/デッサン/エスキース/ドローイング。

似ているようで、全部役割が違う。


以下は私が夏期講習で教わったり、実際に描きながら感じたまとめである。



※スケッチ、クロッキー、デッサン、エスキース、ドローイングとは?


●スケッチ


人物や風景を“ざっくり”描写する方法。

形を大まかに掴むための描き方で、

旅行や散歩中に色鉛筆で描いている人を見かけるアレ。


●クロッキー


動きや重心を素早く、線だけで捉える方法。

「要素を抜き出す訓練」。

人物画や漫画を描きたい人はまずこれ。


●デッサン


質感・明暗・立体感・距離感をガッツリ観察して描く方法。

“本番に近い描写”で、ごまかしは効かない。

美大の試験でよく出るのもこれ。


●エスキース


作品のための“設計図”。

構想・構図・配置など、完成のための地図のようなもの。

予備校の先生はこれをとにかく描け、と言う。


●ドローイング


エスキース以上に自由で、

絵作りのすべてを即興的に紙へ叩きつける行為。

• 線の勢い

• 形の思いつき

• 構図

• 感情

• 質感


絵になる前の「心の動き」まで描くようなものだ。


画材も完全に自由。

鉛筆、クレヨン、絵の具、指――なんでもいい。


個人的には、

“スケッチやクロッキーに自分の表現を混ぜたら、それはもうドローイング”

そんな印象だ。



そんなドローイングを 何の指定もなく、終了時刻まで好きに描け

――という課題が、これである。


描いても描いても終わらない、天国であり地獄。


アトリエに着くと、オオワシ先生が大声で説明を始めた。


「とにかく疲れ果てるまで描け!

100枚なんて通過点だ!

100枚以上描いたら追加で紙を渡すから、どんどん持っていきなさい!」


その勢いに押され、私たちは山積みされたコピー用紙から

ひとり100枚ずつ受け取った。


アトリエ内は一瞬でざわつき、

生徒たちは好きな場所に散って描き始めていく。


私は今回の課題に、ひとつの目標を決めていた。


せっかく2日あるのだから、

1日100枚、合計200枚を描こう。


夏期講習は朝9時半から夕方5時半まで。

休憩を挟んで、作業時間は実質8時間=480分。


計算してみる。


480分 ÷ 100枚 = 4.8分/1枚。


――1枚あたり約4~5分。


これならいける。

いや、いくしかない。


私は深呼吸をして、

手にしたコピー用紙の最初の1枚を、そっと膝の上に置いた。

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