第二十一話 謀反
貴族会議で皇位選の発表が行われる、三日前。
皇宮トライへリアル、屋上庭園。
帝都の中央にそびえるその城は、皇族たちの邸宅として使われている。
屋上の庭園には、皇帝自らが植えた果樹や穀物が整然と育っていた。
「父上! 父上!」
セドリーは螺旋階段の下から声を張り上げ、父――すなわち皇帝の姿を探していた。
息を切らせながら階段を駆け上がり、屋上へ出ると、視界いっぱいに広がる緑の庭園と、帝都を一望できるガラス張りのバルコニーが目に飛び込んでくる。
「ここにおられましたか、父上」
「ここでは皇帝陛下と呼べと言っているだろう、馬鹿息子」
皇帝ライゼンベルフ・フォン・ハイリンツィは五十二歳。
白み始めた口ひげと刻まれた皺こそ歳月を物語っていたが、その眼光にはいささかの衰えも感じられない。
かつては帝国軍の第一線で戦った歴戦の将。
「玉座に座っているだけでは退屈だ」と、今でもしばしばぼやくほどの軍人気質であったが。
今は板についてきた言えるだろう。
「失礼しました、陛下」
「それで、何用だ」
ライゼンベルフは私室がある下の階へ降りていた。後方からはセドリーが付いてきた。
「――取り繕うのは苦手なので」
歯切れの悪い返答に、皇帝は眉をひそめた。
「だから、何の用だと言っている!」
「単刀直入に申し上げます――皇位をお退きください!」
その言葉に、皇帝は思わず足を止め、振り返った。
「……何を馬鹿なことを。ふざけたことを言う前にお前のやるべきことをしろ!」
怒気を帯びた声を残し、皇帝は私室へ入ろうとする。
だがセドリーはそれを追いかけ、扉を押し開けて中へ踏み込んだ。
「何の真似だ、セドリー・オライオン!」
皇帝の怒号が部屋を震わせる。私室は、許可なく立ち入ることを固く禁じられている場所だった。
それでも、セドリーは怯まない。
「私は憂いているのです。――陛下が、変わられてしまったのではないかと!」
彼は声を張り上げた。
「あの庭園は何です? 私室に積み上げられたこの本の山は? 政は宰相に丸投げし、ご自身は部屋に籠もりきり。挙げ句の果てに娼館へお忍びとは……お労しや、我が父上!」
セドリーは、これまで掴んできた情報のすべてをぶつけた。
挑発だ。怒らせるための、計算された言葉だ。
「黙れ! 貴様、一体誰にものを言っていると思っている!」
「あなたですよ」
セドリーは淡々と答え、ゆっくりと腰の拳銃を抜いた。
「なっ――お前、何をする気だ! 血迷ったか!」
銃口が、皇帝ライゼンベルフのこめかみに押し当てられる。金属が擦れる音。撃鉄が静かに降ろされた。
「ダグラス!」
皇帝は怒号を上げ、隣室に控える侍従武官を呼んだ。
足音が響く。
扉が開き、ダグラスが部屋に入った。
そして、常識ではあり得ぬ光景――皇帝の額に銃を突きつける第一皇子。
「こいつを斬れ! 謀反人だ! 私への反逆で、極刑に処す!」
皇帝は、信頼する部下が来たことで再び強気を取り戻す。
ダグラスはゆっくりと歩み寄り、鞘から軍刀を抜いた。
銀の刃が灯りを反射し、鋭い光を放つ。
だが、その刃先が向いたのは――。
「……貴様、何を――?」
ライゼンベルフの声が、震えた。
刃は、彼の首筋に触れていた。一歩でも動けば、血が飛ぶ距離。
「陛下。時代は変わるものです」
ダグラスの声は静かで、どこか哀しみを帯びていた。
「皇帝もまた、変わらねばならない。陛下は――すでに過去の人間。今の時代を指し示すことを出来るのは、今を生きる者たちだけなのです」
彼はすでに、セドリーに寝返っていた。
最初に話を聞いたときは怒り狂ったが、セドリーの瞳に宿る信念を見て、
ダグラスは決意したのだ――この男こそ、新たな時代の主となると。
「さすがに俺もここであんたを殺して、皇帝になれるとは思っていない。皇位選で正式に選ばれて皇帝になる。だから、あんたは隠居してくれ。――退位して皇位選の告知を頼むよ、父上」
最後の言葉を発する時にはいつもの息子の顔に戻っており、ライゼンベルフはこの男の計り知れない野心に恐怖した。
そして、三日後。
皇帝ライゼンベルフの名において、皇位選の告知が貴族らに行われた。
変革の時代が着々と歩み寄ってきている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます