第二十話  皇位選まで

 一週間後。

 ヴィクターはアナスタシアを伴って、アレスの私邸へ招かれていた。

「休暇中、呼び出して悪かったな」

 コーヒーを注ぎながら、茶色いセーターに身を包んだ私服姿のアレス。

「構いませんよ、特にする事なかったので」

「バカンスに行ったりは?」

「行かないですね。本部にいた時から休暇を返上していたからもありますが、家でゆっくりする方がいいです」

 アナスタシアは出された茶菓子を頬張っている。どれほど茶菓子が好きなんだと思いながらヴィクターは呆れていた。

「閣下こそ、休まれまか?」

「なぜだ?」

「どうもお疲れのように見えたので」

 要塞勤務が長かったせいであろう。疲れが、取れていないように感じたからだ。

 手渡されたコーヒーを飲む。寒さを忘れるほど暖かい。

「はっはっは!大丈夫だ、俺も歳だからな。顔に出やすい」

 長年最前線にいたのだ、いきなり休暇と言われてもといったところであろうか。

「それで、わざわざ俺を呼んだ理由は?」

 私邸にまで招いた理由を問う。

 外では話せない内容なのだと、ヴィクターはすでに察していた。

「――それなんだがな。これはまだ内示の段階なんだが。皇位選が行われるという」

「皇位選。となると、陛下は退位されると?」

「ああ。すでに貴族会議では告知されたそうだ」

 ヴィクターは顎を触り、思案する。

 次なる皇帝候補の予想を立てるためだ。

 皇位選は単なる皇帝選びだけでなく、力ある軍人も深く関わる事となる。誤った陣営につけば、左遷あり得るほど大事な行事なのだ。

 それに、アレスほどの人物となれば周りの将校らも動向を気にする存在。だからこそ、アレスはわざわざヴィクターは呼び出したのだろう。

「確か、お前の話だと皇帝の子供は8人だろ?その中の一人か」

 隣からアナスタシアが声をかける。

「いや、まだお生まれになったばかりの第八皇子、ロンドル殿下は参加されないだろう。第七皇子のアーリー殿下、第六皇子ウーデルバッハ殿下も同様だろう」

「俺も同意見だ。流石に若君らにはこの国を任せられないだろう」

 コーヒーに砂糖を落として、アレスは賛同した。

「なら、争いは第一から第五まで?」

「だろうな。まあ、貴族間の噂だと、第一皇子のセドリー殿下の独り勝ちと予想しているとことが大半だ。俺もそう呼んでいる」

 セドリー殿下は現皇帝の最初の子供。一際、眼を掛けられて育てられてきた人物だ。それだけに皇帝と思想も近しいところがある。

 となると。

「また、税を引き上げるかもしれないですね。皇帝陛下は緊縮財政派ですから」

 ヴィクターは視線を落として、コーヒーに映る自分を見た。

「これ以上、上がったら平民から死者が出るぞ」

「前回の増税ですでに、年一万人は自殺者が出てますから、次はどうなるか。そろそろ暴動が起きてもおかしくない」

 貴族たちは簡単に税を上げるが、働いている平民たちにとってはたまったもんじゃない。

 現在はまともに働いても生活する分を確保することですら難しいのだ。

「それで、閣下は誰を支持するんです?」

「まだ、決めていない。公募が始まり、公約を聞いてからだ」

 当然だ、まだ、内示に状況で動く事は出来ない。

 周りの将校らも、同じ考えなはず。

 アレスはそのまま言葉を続けた。

「それに、今回誰に付くか。お前に任せたい」

 飲んでいたコーヒーを吹きそうになった。

「本気ですか?」

「ああ。お前は人並み以上に頭が良い。俺を導いてくれ、我が右腕」

「誤った相手を選べば死ぬかもしれないんですよ?」

 ヴィクターは脅すつもりで言ったが、アレスは気にも止めず、笑顔で返した。

「その時は、その時だ!お前が読み違えるなら、俺でも読みきれん」

 なんと楽観的なんだとヴィクターは肩を落とした。

「ふぅー、わかりました。やりますよ」

 大きくため息を吐き、半ば強引に決定した。

「陛下は厄介な時期に退位されましたね」

 含みを持った言い方にアナスタシアは引っかかった。

「何故だ?」

「わかっていると思うが、今、帝国は瀕死の状態と言っていい。兵糧も僅か、列強は益々軍国化を強めている。一刻も早く、周辺諸国と関係を戻さなければいけなかった」

「しかし、それは皇位選前からそうだったのでないか?」

 それは皇位選前から言われていたことだ。

 だから、別段彼女には引っ掛からなかったようだろう。

「周辺の列強に構っている暇が無くなるって言ってるんだ」  

 ヴィクターの予想通り、アレスはそれに続いた。

「つまり、内戦期。これから我々は政争に突入するということだ」



「それより、お前はルリ少尉と共に過ごしているのか?」

 帰り際、アレスは小声で聞いてきた。

 アナスタシアと住んでいることは公には話していないが、誰かに見られていたのだろう。

「ええ。まぁ」

「その、大丈夫か?変な感じならないか?」

 言葉を濁しているのだろうが、恐らく男女の関係にならないか心配しているのだろう。

「全くありませんよ。お互い、気にしてませんし、そもそもあいつが転がり込んできたので」

「いや、念のためな。同じ隊だからな、気まずくなる可能性もあるだろ?」

「大丈夫ですよ。気をつけておきます」

 笑顔で返答した。

「おい!何を話している、寒いんだ。早く帰るぞ!」

 遠くからアナスタシアに呼ばれ、玄関先へ走って行く。

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