アーケードゲーム
夏蜜
第1話
誰がどう見ても廃墟ビルだと思う建物の一角。実は密かにゲームセンターとして営業していて、マニアたちの居場所でもある。
実は僕もそのうちの一人で、部活動を終えると、よくこの場所に足を運ぶのだった。古めかしい筐体が数多く設置されており、僕はいつも格闘ゲームに夢中になる。
薄暗い店舗の中は、さながら夢に現れる光景のように現実味がない。あらゆるゲーム機のネオンがチカチカと不気味に瞬き、通り過ぎる僕の頬を色とりどりに染めていく。
一台のクレーンゲームが動いていたので、僕は遊んでいる人の顔を反対側のガラスから覗いた。ちょっとセクシーな雰囲気のお姉さんが、メイド服を来た女の子の箱を手に入れようと躍起になっている。
髪を耳にかける仕草が色っぽく、スーツ姿とのギャップを感じる。普段は真面目に働いているのだろう。客を落としてノルマを達成させるより、お気に入りのフィギュアを取り出し口に落とすほうが今は大事なようだ。
入り組んだ通路の先に、ダンスゲームを楽しんでいる若者がいた。若者といっても、僕よりは歳上のその青年は、足を自由自在に動かし、シャッフルダンスを難なくこなしている。
偏見ではあるが、大きめのサングラスをかけ、上下ともダボダボの服を着ている格好は、いかにもダンサーといった風貌だ。
僕がいることに気がつくと、青年はまんざらでもなさそうに、いっそう華麗な足さばきを披露する。途中、親指と小指を立てて何かのハンドサインをしてくれたが、僕は意味がわからなかったので、両手の中指を立ててそれっぽく挨拶を返した。
目的である筐体の前に来た僕は、ラケットバッグを床に下ろし、いつものように自分の特等席に座る。隣の席には、四十代半ばくらいのつなぎを着た男性。袖を捲り、仕事で鍛えたであろう逞しい腕を僕に見せつけながらレバーを激しく動かしている。
僕は苦闘する彼を横目に、両替したコインをゲーム機に入れる。液晶画面は、冴えない僕の顔から勇ましい武闘家に切り替わり、忽ち気分が戦闘モードに突入する。僕は決まって、このキャラクターを選択することにしている。彼は男らしい。ただそれだけだ。
相手はコンピュータ。負けるわけにはいかない。
「FIGHT!」の掛け声と共に、レバーとボタンを機敏に動かす。
右、左、右、右。
ときには強弱をつけて、素早くブローをかます。いかにも卑屈そうなアサシンの男を軽々やっつけた僕は、二回戦でも勢いを衰えさせなかった。三回戦、四回戦と軽快に進んでいく。
対戦キャラが女だからといって容赦はしない。連続攻撃を躱し、颯爽と懐に入り込む。
だいたい、どいつもこいつもナイフや銃などの武器を所持していて卑怯だ。身一つで闘うのが筋というものだろう。僕は拳から必殺技を繰り出し、相手のライフを空にしてやった。
その瞬間、女性キャラの甲高い悲鳴が上がる。次いで、隣席のつなぎがコントロールパネルを叩いて絶叫。さらに別の方角からアラサー女の歓喜する声が届き、僕の耳はあらゆる感情にぐちゃぐちゃになった。
一体誰がこの廃墟寸前のビルで、いい歳こいた大人たちが集い、ゲームに熱狂していると思うのだろう。ビル前を通りすがった人は事情を知らないために、上階に亡霊がいるのだと、背筋を凍らせて逃げていくかもしれない。
此処は普段とは違う自分を解放する場所。年齢も性別も、社会的地位だって関係ない。
全勝した僕は伊達眼鏡を外して、かっこよく席を離れる。皆が僕に憧れの目を向け、止まない嬌声を背中で受ける。
最後に、「エビバディセンキュー」というダンサーの締めの言葉が響き、僕はこの日の舞台を去った。
アーケードゲーム 夏蜜 @N-nekoko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます