視線の先
雪村勝久
第1話 歩道の鼠
「うわっ……」
とある日の朝。下を向いて歩いていた僕は、歩道の上に横たわる鼠の死骸を見て思わず声を漏らした。
もう少しで踏むところだった。
鼠の死骸は僕の足先から5センチメートル先にあった。細い毛が風になびき、口は大きく開かれ、目から血肉がはみ出していた。
まるで、強い恐怖を覚えたかのような……そんな顔をしていた。
そして、夜。
仕事を終えて帰路に着いた僕は、最寄り駅から家までの暗い道のりで今朝の鼠を思い出した。
「帰りもあの死体が残ってたら、嫌だな」
そう言いつつ帰る道を変えなかったのは、少し気になることがあったからだ。
今朝は一瞬だったのでよく見られなかったが、あの鼠は頭を潰されていた。
でも、僕が鼠の死骸を見たのは歩道の植え込みの近くだ。
狭いうえに、道の真ん中にポールが立っていて、車や大型のバイクは入ってこられない。自転車は無理やり走っているが、たまにぶつかるんじゃないかと心配になるほどだ。
つまり鼠は、人か自転車に踏まれたことになるが……そんなことがあるのだろうか。あれだけ素早くて警戒心の強い生き物なのに。
だから僕は嫌な気持ちになることを覚悟で、もう一度鼠の死骸を見ようと思った。
そして、埋葬とはいかずとも手のひとつでも合わせてやろうと思ったのだ。
「確か、この先に……」
信号を渡り、目を細めながら、鼠の死骸があった場所へ向かう。
鼠の死骸は、今朝と同じ場所にあった。
そして、冷たいアスファルトの上で横たわる鼠を見て、僕は言葉を失った。
鼠が潰されたのは、頭だけではなかった。
鼠の全身は、煎餅のように薄かった。なにかとてつもない力をかけられなければ、こうはならない。
僕は思わず、車道の方を見た。
車は絶えず行き交っているが、歩道との間には成人男性の身長2人ぶんほどの広い植え込みがある。轢かれて飛ばされたというには、無理のある距離だった。
だとすれば、この鼠をここまで平らにしたのは何者なのか。
僕は暗闇の中、恨みのこもった顔で鼠を幾度となく踏みつける人間の姿を思い浮かべてしまって、逃げるように自宅へと向かった。
翌日の朝、鼠は消えていた。
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