事故

月咲 幻詠

事故

 幼なじみの克之くんの訃報が知らされたのは、丁度一週間前のことだった。


 私が「私も上京することになったんだ、一足先に東京に出た君にやっと追いつけるよ」等と電話した、翌日のことだ。

 

 交通事故だって。お葬式は家族でひっそりとやりたいって彼のお母さんが言ってた。


 私は駅のホームで、マフラーから白い息を漏らしながら、天を仰いだ。暗く、重たい雲が空を覆っている。


「電車、来ないな……」


 私の表情は、多分今まで生きてきた二十二年間で一番暗かったと思う。大学で上京してしまった君にやっと追いつけると思った。やっと、私の胸の内を伝えられると思ったのに。


 けど、不思議と涙は出なかった。自分でも薄情な女だと思う。


「あーあ」


 私は呻きながら、ベンチに腰掛けた。足を組み、煙草に火を付ける。静寂が支配するホームに、私の喫煙を止める人はいない。

 

 思えばこれも、手首や喉を傷つける勇気のない私の、精一杯の自傷行為だったに違いない。


「けほっ、けほ」


 父の吸っているセブンスターは、私には重い。ひとしきり咳ごむと、思わず溜息が出た。


 想いを寄せる人の死が、受け入れられなかった。自分が辛いから、他人に辛く当たった。それでいてお酒と煙草に逃げた。でも時間だけはあって、余計なことばかり考えた。


 タバコを持つ手に、一匹の蛾が止まる。


「夜の蝶……お似合いね。あぁ、私、何してんだろ」


 時間というものは残酷でどうしょうもなく落ちぶれた私の姿を、客観視させてくる。私は現実を拒絶しながら、そんな私自身にもひどく嫌悪感を覚えた。


 そして考えはどうどう巡って、何もかも投げ出したくなった時、私はあることに気づいてしまった。


「私が私がばっかりじゃん……」


 どこまで行っても、私が辛いだけ。克幸くんのご家族や、こうまで落ちぶれた私を何とか支えてくれようとした家族のことなんか、眼中になかった。あるのはただ、自己中心的な、どうしようもない私。


 私はまた天を仰いで、自分を嘲笑した。


「こんなんじゃ、告白してもフラれてただろうな……」


 私は一切合切どうでもいいと思った。思おうとした。そうやって逃げなければ、自分の輪郭が保てないと思った。


 けど、どう頑張っても、大切な人をどうでもいいとは思えなくて、心の中でどうにもならなくなった。


 もう、彼と話すことはできないんだ。手を繋いで、色んなところに遊びに行ったり、そばにいて彼の体温を感じることも。


「なんで、いなくなったの」


 彼を責めるような口ぶりに、自分が嫌になる。けれど、そう口にせざるを得なかった。こんな私じゃ彼に釣り合わない。けれど、私は強くなかった。彼に自慢できる自分ではいられなかった。


 どうしようもなく、矮小な自分。彼という存在があって初めて、私は私として生きることができたんだ。


 それに気づいた時、何か大きな、掴みどころのない不安が私を支配した。


「もう一度、彼に会えたら……」


 時計を見る。もうそろそろ電車が来る時間だ。


「行かなくちゃ」


 私は線路をぼうっと見つめながら、ベンチから立った。遠くから電車のライトが見える。


「え」


 白線の上で電車を待っていると、ふいに誰かが私の腕を掴んで線路へと引きずり込んだ。……そんな気がした。


 隣から電車が突っ込んでくる。運転手の驚いたような顔がはっきりと見える。


 私はもう一度、自分の腕を見る。さっきまでは見えなかった人の影が見えた。私の知っている人だ。


「やっと、会えた」


 私はここにきて初めて、涙を流せた。

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事故 月咲 幻詠 @tarakopasuta125

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