第11話 もうダメだ……

 トイレに行こうと思って、皆に座って待っているように伝えた。いのちパークにある不思議なトイレ。美しいトイレと言われていたような気がする。以前は入らなかったし写真も撮れなかった(ボランティア活動中は写真を撮れないのだ)ので、写真を撮り、並んだ。すると、音楽が始まった。クラシック音楽。あれだ、水上ショーが始まったのだ。

 みんなに伝えたいと思いながら並び、トイレを済ませてベンチの所に戻ると、厚夫だけが座っていた。

「水上ショーやってるよ。」

私が言うと、

「うん。子供たちは観に行ったよ。」

と、厚夫。そうか、良かった。我々も見に行こうという事で、水辺に近づいたのだが、真ん中辺は予約席なので入れない。もっと端っこへ行かねば。と、そこへミャクミャクが登場。写真を撮ったのだが、折り重なる日傘や帽子の向こうにいるミャクミャクはピンボケ。遠すぎる。とにかく座りたい。端っこへ行って座ったが、ミャクミャクは見えないし、水上ショーはなんだかもう終わってしまった様子。日差しが暑い。厚夫が日傘を隣で差してくれて、何とか日陰に入れた。もう午後3時なのでそろそろ西日になってきた。

「俺、もうダメだ。これ以上は無理。」

厚夫が言い出した。暑いし人込みだし、自分が臭いし、と言って自分の腕の匂いを嗅ぐ厚夫。ピッタリな長袖が涼しいと言って着ているが、その上に半袖を着ていて、どう考えても暑そう。半袖のシャツの下がタンクトップだったら絶対もっと涼しいと思うけどな。あと、ビールを飲むと暑いからね。私よりも暑いはずだ。

 それならどこか涼しいところに座っていれば、と思った。咄嗟に思い浮かべたのは、西ゲート横のインフォメーションセンターだ。私が西のベビーセンターでボランティアをした時、このインフォメーションセンターの建物内にいたのだが、ここにはソファがたくさんあって、マッサージチェアーまであって、ゆったりと座っていられた。人は常にいたが、座る所がないほどに混み合う事はなかった。

 が、それは4月の、開幕して間もない頃の話。今はたとえ同じようにソファやマッサージチェアーがあったとしても、あの頃のように座る所が空いているとは思えない。いや、どうだろう。せっかく万博に来たのにそんな所にいつまでも座っている人はそれほどいないだろうか。いや、厚夫のように自分は疲れてしまって家族を待っている人など、大勢いそうだ。そして、ここから西の端まで行かせてやっぱり座れなかったでは気の毒だし、東のインフォメーションはどうなっているか、入った事がないから分からない。

 幸い厚夫には予約できているパビリオンがない。もうここには居たくないと思ってしまった厚夫には、何を言ってもダメだろう。夜は涼しいよとか、夜景がきれいだよとか、ドローンショーを観ようよ、などと言っても。まあ、諦めるのが早かったかもしれないが、不機嫌なまま一緒に居られるのが嫌だったのかもしれない。だから私は厚夫に、ホテルに帰ってもいいよと言った。あーあ、やっぱり厚夫を朝から連れてきたのは間違いだったか。夕方から来させればよかったのかもしれない。

 東京から大阪の万博に来る人はほとんどが、一日目は夕方から、二日目は朝から夕方まで、という予定でやってくるものだ。私ももちろんその日程も考えた。だが、どうしても順番が違うと思った。万博の最後に夜景を見て、ドローンショーを観て終わりが良かった。そのまま余韻に浸りたかった。次の日に朝からまた並んで、日の高いうちに帰るのは、なんか違うと思ったのだ。

 家族の意向を聞いたわけではなかった。だが、子供たちにはこの考えを後から言ったら、次の日に万博以外の大阪観光が出来るからいいんじゃないか、と言っていた。子供たちには概ね好評だったが、厚夫は……どうでもいい、分からない、決めちゃっていい、の一点張り。意見を聞いてもダメだったのだ。万博に子連れは大変だが、おじさん連れもけっこう大変だ。でもいい、勝手に帰れるから。そして私は知っている。厚夫は今とても疲れた風でホテルに帰るが、その後一人で飲みに出かけるであろうという事を。

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