第9話 ボランティアではなくスタッフ

 いのちパークにはパラソルとベンチがいくつもある。その1つに座った。日陰はほぼ埋まっているのだが、体半分日陰に入れそうなところが空いていたのだ。そこに座っていると、二郎が隣にやってきた。彼は日傘があるので日向にも座れる。私も半分が日傘によって日陰になった。二郎は今、独りで北欧館に行ってきたという事だった。

 厚夫とも連絡を取って合流した。厚夫は、

「クウェート館の前はすっごい混んでいるけど、どうやって入れるの?」

と言う。確かに、今私も通って来たけれど、立ち止まらないでください、などと言う声がずっと聞こえていた。そこで、カリンちゃんにどこへ行けばいいかを質問した。LINEで。

 しかし、恐らくお仕事中のカリンちゃん。既読にもならない。とにかく2時の10分前くらいにクウェート館の前に行ってみた。一郎が見当たらないと思ったら、アイスコーヒーを片手に現れた。それと、もう片方の手には小さめの団扇(うちわ)。ブラジル館でもらったそうだ。ブラジル館は初めの頃、民族衣装をもらえるという事だったが、今は団扇なのか。サッカーをやっていそうな少年たちが、ブラジル館に行ったのか、揃って民族衣装を着ていたっけな。一郎もサッカーをやっていた元少年だから、ブラジル館に行ってみたのか。感慨深い。

 2時ピッタリにカリンちゃんから、

「今行きます!」

という連絡が入った。並ぶ所でもなく、出口も邪魔しない辺りに立ち、パビリオンから出てくる人たちの方を見守っていると、カリンちゃんが出てきた。

「カリンちゃーん!」

「あ、夏子さーん!」

わーっと両手を振りながら再会。

「お疲れさまー。ほんとありがとねー!」

そう言ってから、家族の方を指し、

「家族です。」

と、紹介した。3人の男どもはお辞儀をした。カリンちゃんが、

「お世話になっております。」

と言うと、厚夫がこちらこそ、と返した。厚夫はニコニコしていたが、一郎と二郎のなんと愛想のない事!あまり愛想が良くても気持ち悪いものか?でも、もうちょっと笑顔が出てもいいのではないのか?まあとにかく、カリンちゃんと会えた記念に、一郎にカリンちゃんとの写真を撮ってもらった。明るく笑ったつもりだったが、後で見たら酷い顔をしていた。病人だからな。カリンちゃんは可愛く写っていたが。

「今、並ぶのにも整理券が必要なんですよ。」

こちらへ、と案内されて移動しながら、カリンちゃんは私にそう耳打ちした。そんなの全然知らなかった。最近口コミでクウェート館の良さが広がり、人気が出てしまったのだとか。つまり、もうここへ来ても並べないという事で、カリンちゃんのツテがなかったら絶対に入れなかっただろう。

 並ぶ列の先頭に女性の外国人スタッフがいた。カリンちゃんは英語でペラペラっと説明をした。ちょっと上手く伝わらなかったようで、長くしゃべっている。私はここでさっきまで働いていた、と言って何かスタッフ証のようなものを見せたカリンちゃん。そうしたら外国人スタッフさんが「ああ、なんだ。OK」と言った感じで笑って返事をして、我々を快く通してくれた。ちょっとドキドキしちゃったが、ホッとした。だって、カリンちゃんに迷惑をかけていないか心配で。

「ちょっと混んでいて、30分くらい並ぶかもしれません。」

と、カリンちゃんは申し訳なさそうにした。いやいや、そのくらいで入れるなら全然待つよ。そして、我々が中の列の最後尾に着いたところでカリンちゃんは、

「英国館なら3時以降いつでも大丈夫なので、ぜひ来てくださいねー。」

そう言って、去って行った。

 そして、顔を見合わす我が家族。息子たちはニヤニヤしている。最初に友達からこういう連絡があったという事を言った時にもニヤニヤしていた。その、喜びを静かに表す辺り、オタクって感じだな。厚夫が、

「流石ボランティア、すごいね。」

と言うから、

「いやいや、彼女はボランティアじゃなくて、スタッフだよ。お仕事なの。」

と、私が言った。

「スタッフはボランティアより偉いのか?」

と、厚夫が言う。まあ、ボケなのでスルー。

「この前新聞に書いてあったけど、万博のスタッフは引っ張りだこなんだって。」

私が言う。

「万博のスタッフとして働く為に、前の仕事を辞めた若い人も多くてね、万博が閉幕したらフリーになるでしょ。あんな風に英語ペラペラで優秀な人材がフリーになるわけだから、自分のところに欲しいっていう企業が多いわけよ。」

「そうか、半年間ずっとなのか。」

厚夫が言う。

「あの子が仕事を辞めたのか休職したのかは知らないんだけど、でも万博の開幕前から大阪のアパートで暮らし始めたって言ってたし、半年間ずっと大阪にいるみたいだよ。」

「へえ。」

すごいな。私は全く考えもしなかった。スタッフとしてずっとこっちに住んで毎日万博で働く事なんて。5日間のボランティアでも精いっぱい思い切った事をしたと思っていた。でもまあ、年齢も経験もスキルも足りないから(年齢はありすぎ)、たとえ挑戦しても受からなかっただろうが。

 椅子を出して座っている人も前にいたが、それほど待たずにもう入れた。びっくり。全然30分なんて待っていない。10分かな。横にあった列よりも先だとは思わなかった。なんか申し訳ない。ごめんね~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る