エクリプティカを目指して

夢と絶望を煮込んだ都市、エクリプティカ。誰が言い出したかは今となっては分からないが、多くの者たちにとってその呼び名は名実ともに事実となっている。


都市の始まりは、旧文明の工場群の攻略の為に桜坂総合技研とサテライト・アームズの共同で作られた前哨基地であった。工場群から得られた技術や情報はとてつもない富を生み出した。それと同時にそれを得るために消費される人命も莫大であった。


企業エージェントだけでは攻略が思う様に進まず、腕の立つ傭兵が募集されるようになった。幸いな事に金払いの良さは大企業と工場群から得られる物が保証してくれていたので応募が止まることは無かった。


金の話は瞬く間に広がる。新たな傭兵が、企業が、果てには国家までがその名乗りをあげ、基地は瞬く間にその体を広げ数年で世界でも有数の都市になった。毎日のように夢を抱いてやってくる者がいる。毎日の様に夢に続く道から足を滑らせて死ぬ者がいる。そうして血と金を全身に通わせて都市は今日もその見てくれを保つ。


そして、それだけ膨れ上がった都市になればその光に寄せられてやってきたが都市に入ることは出来ずその体にすり寄る事しか出来ない者たちもいた。それも相当な数だ。人が居れば営みが起こる。気づいた時には都市の外側にスラムは出来ていた。


所詮は流れ者と都市で夢破れた者たちが集う掃きだめ。それでも、そこは一つの町となった。土地を奪い合う者、物を奪い合う者、命を奪い合う者。程度の違いはあれど結局人が集えばやることは変わらなかった。


そこでは子供がいる事は珍しくなかった。流石に流れ者の子供は珍しいだろうが。既にエクリプティカが出来て半世紀以上、スラムもそれに近い歴史を持つ。そこで営みを行い生物の本能に刻まれた繁殖を行う。なんら不思議はない。


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エクリプティカから工場群へと延びる道路。その脇道には所せましと商店や屋台が並ぶ。スラムにおいてもっとも活気がありもっとも治安が良い場所、それが大通りであった。


ここで問題を起す者は少ない。この道路はエクリプティカの管理下にあり、それを損なうような真似をすれば都市と敵対する事となる。どんな愚か者もそれはやらない。時には死より恐ろしい運命もある。


そんな大通りをノクスは歩いていた。というより歩かされていた。これからの活動の為に銃や装備を買いに行くために。手に持っている端末を見る。その画面にはシンが様々な情報を探っている様子が伺えた。


「なあ、とりあえず来たはいいけどさ。これからその、具体的にどうすんだ?」


『ま、そうあせるな。ここでは軽く準備するだけ。目的地は都市の方さ』


「エクリプティカに行くのか。き、緊張するな」


ノクスはスラムで生まれた。そして伝聞でしか都市を知らない。煌びやかな世界だという話もこの世の地獄だという話も聞いたことがある。ノクスにはどの話も本当に思えて恐ろしかった。


『よし、そこの店だ。そこで現状用意できる一番の装備を調達する』


ノクスは指示された店を見てみる。いつも自分が通っていた爺さんの店とは違い、軒先に商品はあふれ出しておらず、外から中の様子を見る為のガラスには多少の汚れはあれど壊れてはいない。店の上には銃器を乗せたタレットが二機備わっている。掲げられた看板にはボルトアンドブルームと刻まれていた。


「こ、こんな高級店でそろえるのか…。金足りるかな」


『大丈夫だ、足りる足りる』


そんなシンの言葉を頼りに店の扉を開ける。店内は外と違い空調が効いており過ごしやすい環境が整えられていた。店の店主であるリリは来客に気付き客先に向ける笑顔を顔に貼り付ける。


彼女は都市で仕事をしていた経験がある。故にその接客もスラムのそれとは思えない程だった。現在は勤めていた会社が潰れてしまい、自らの才能を生かしてスラムで個人経営の遺跡探索者ヴォルト・ランナー向けの銃器販売店を開いていた。


「ようこそ、ボルトアンドブルームへ!…て、子供?」


リリはノクスを値踏みするように全身を見る。細い体、汚れた格好、手には情報端末、一応腰に銃あり。この情報から傭兵からお使いでも頼まれたスラムの子供だと判断した。表情を少し緩め軽い態度で接することにした。


「さて、何がいるのかな。その端末に注文する物が書いてあるなら見てあげるけど」


「あ、その。銃を買いに来ました。えーと───」


そこからシンに言われたとおりに注文をしていく。結果としてノクスの目の前には東雲兵装のワークマン簡易ライフルが二丁、通常弾薬を百発、小さめのバックパックが並べられている。ライフルは片方に電子制御できるオプションパーツが取り付けられている。新品の銃はノクスにとってかなり威圧感を放っていた。見慣れた銃はいつだってぼろぼろで薄汚れたものだったからだ。


「さて、支払いはどうする。端末で払う?それとも現金?」


「これでお願いします」


リリはノクスからクレジットチップを受け取る。目を少し開き驚きを露わにする。スラムで見る事が珍しいそれを見た為だ。依頼主は恐らく電脳化か神経接続を出来る様に自身を改造した人物だろう、とそこから軽い推察を行う。そして、このチップにウイルスが仕込まれていた場合の被害を考える。


だがそれが分かったところで売り上げに変わりがないため、その思考は打ち切られた。仮にウイルスが入っていたとしても、この店の電子防壁が突破される可能性は少なく、突破されたところで失われるものは少ない。


クレジットチップは問題なく商品の対価を示し取引は成立した。ウイルスの心配も杞憂に終わり、リリはホッと胸をなでおろした。チップを返し目の前で銃を背負いながら少しぎこちなさそうにしている少年に目をやる。


スラムで出会う子供とは再開出来る可能性は低い。特にこのように傭兵や遺跡、都市に関わりを持とうとする子供の大半は早死にする。リリはノクスと似たような子供を何人も見てきた。


「…またいらっしゃい」


いつも客の帰り際にかける言葉。そんな言葉にいつもより気持ちを込めて言った。こんな場所では誰かを助けている暇なんてない。だからせめて祈りと願いだけでも、と彼女は自身の胸中に燻る気持ちに正直に向き合った。


「はい、また来ます。ありがとうございました!」


明るい顔で店を後にするノクス。彼は相手が向けてくる感情に敏感だ。それを見極めなければいとも容易く踏みにじられる環境で生きてきた為だ。だから、リリが向けてきたそれは決して悪意の伴ったものでは無く、暖かなものであったのが分かった。


その様子を見ていたシンがニヤニヤとしながらノクスに声を掛ける。


『上機嫌じゃないか。店主に惚れたか?』


「べ、別にそんなんじゃない。向こうが優しかったから嬉しかった。それだけ」


『ふ~ん』


「いいよ、別に信じなくても!でこれから都市に向かうのか」


ノクスはすねた。誰かにからかわれるのはよくある事だが、こんな風にいじられるのは慣れていなかった。それを見たシンは笑いながら謝り、いいやと区切って言葉を続ける。


『遺跡に向かう』


「はぁ!?」


ノクスが大声を発する。近くにいた何人かが視線を向けるがそれもすぐ別の方向に変わっていく。


「い、遺跡ってなんでまた…」


『簡単だ、今のお前には都市に入る為の資格がないんだよ』


いいか、と説明を続ける。都市や国家、管理区に入る為には相応の身分が必要となってくる。例えば、国家に所属している、企業に所属している、傭兵や遺跡探索者ヴォルト・ランナーとしてギルドが身分を証明している、等々。それが無いものは代わりのものを提示しなければならない。様々な方法があるがノクスが今取れるのは入場料を払う事だ。


「その入場料ってのは幾らなんだ」


『150万クレジットだ』


あまりの額にノクスはめまいを感じた。必死にゴミを漁って一日800クレジット稼げれば上出来。そんな世界で生きてきた彼に取って、今提示された値段は雲の向こうより遠い場所にあるように感じられた。途端、それに伴って遠くに見えるエクリプティカも距離以上の遠さを覚えた。


「な、成程。でも俺なんか遺跡に行ったって死ぬだけだろ?それに遺跡の入り口近くの遺物なんて根こそぎ持っていかれてるぜ」


『その両方とも問題ない。今回向かう遺跡は僕と相性が良い。だから大船に乗ったつもりでどんと構えておけばいいだよ』


自分はこいつに騙されて死地に送り込まれるのではないか、そんな不安がノクスの胸に飛来したが変わりたいと願った以上やるしかない。心を奮い立たせた。


『で、向かう遺跡だがここから歩いていけて尚且つ今の僕たちでもどうにかなる遺跡は…ここだ』


シンが画面に表示した場所はスターグレア第七工場遺跡を示していた。

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