愚か者と魔術師は電子の砂上で踊る
ドラゴン竜
不良AI?
ボロボロの商店。看板として掲げられたネオンサインはとっくにその輝きを失っている。その軒先まで商品がはみ出ており足の踏み場を奪う様に散らかっていた。
商品と言えば聞こえはいいがどこから拾ってきたかも分からない物ばかり。既に動かなくなったヘッドデバイス、壊れかけの強化服、死体から雑に剝ぎ取られたサイバーウェア。
「ん、しょと。おい、爺さん。相変わらず儲かってなさそうだな」
そんな店内に声が響く。積み上げられた商品たちを押しのけて現れたのは少年。細い体に鋭い目つき、腰には拳銃が差し込んである。
店主は入ってきた彼のいつもと違う格好に違和感を覚えながら、鼻を鳴らしていつもの様に答える。
「ああ、おかげさまでな。どうせ何も買いやしないんだろ。とっとと失せなノクス」
その投げかけをいつもであればまぁまぁと宥めて店内を見るだけ見て回るはずのノクスは、今日はいつもと様子が違った。懐からクレジットの入ったチップを取り出し、使用感のある情報端末と一緒にカウンターでふんぞり返っている店主に投げ渡す。
「それ使えるようにしてくれ、金はそのチップで払う」
ノクスが胸を張る。店主は瞳に少々驚きを浮かべる。その日暮らしのスラムの子供がまさか金を持ってこの店を訪れるとは思ってもみなかった。だが、その驚きも一瞬の物。金を持ってくるなら客として扱う、店主の矜持であった。
チップを読み取るとそこに表示されたのは15万クレジット。とてもでは無いがスラムでゴミを漁りながら稼げる額では無かった。
「お前さん、どんな無茶をした?こんな大金どうやって…」
「別に、いつも通りの仕事だよ。でも今回は運が良かった。それだけ」
本人の言う通りノクスは運が良かった。スラムでは人の死はそう珍しくない。死体が転がっている事もそれを漁る者がいることも。
今朝方の事である。ノクスがいつも漁り場としているゴミ捨て場。比較的に都市から近く、まだ使える物が落ちている事の多い場所。そこに辿り着き力尽きたかのような死体があった。外傷は無い、だが口と目から血を流し、頭から湯気が出ている。ノクスはその死体を漁り持ち物の全てを拝借した。
ノクス自身も死体が持っていたチップにいくら入っているかは知らなかった。基本的にスラムでは金と呼ばれる物は現金の事を指す。ノクスがクレジットチップを見て金だと分かったのは、以前ゴミ漁りをしている際に同業がそれを教えてくれたからだ。
「で、どうなんだ。直してくれんのか」
「まあ、ええわ。やってやるわ。ただし何か問題があったとしてもワシの責任じゃない。ワシは直すだけ」
責任を負わない、この言葉には今から修理する商品とは別にノクス本人に向けての発言でもあった。
「ほれ、直ったぞ。値段は5万。端数はおまけしてやるわ」
ショートしてダメになっていた回路を同系統の物と取り換え、焼き切れたディスプレイを交換、操作用のキーを取り付け直して、端末は外観こそ大きな変化は見られなかったが、内部は新品同様に変わっていた。
ノクスは直せと言った。店主は言われたとおりに直した。それが新しく別の機種を買った方が安かったとしても、それはもう終わった話であった。
それを受け取る時緊張をノクスは感じていた。5万、今まで生きた中で一度も手にしたことが無い大金。それと引き換えに手に入れた物。
「あんがとな爺さん。オレが成り上がった暁にはここでうんと買い物してやるから楽しみしてろ」
「ああ、あんまし期待せずに待っとるよ」
それだけ会話を交わしノクスは店を後にする。その小さくなっていく背中を店主は少しだけ寂しく思った。
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自らの家に戻ったノクスは端末をガチャガチャといじっている。端末があればネットに繋げる。その程度の知識しかない彼は端末の初期設定からかなり手こずっていた。前の持ち主の設定が多少は残っていたがそれでも大半はリセットされていた。
ノクスは字が読めない。故に端末に表示される文を理解することは出来なかった。流れてくる音声で何とか操作している状態。
ネットに接続すれば稼げる情報がうんと揃っている、かつて荷物持ちとして同行した傭兵の言葉。それを信じて買ったはいいものの初手からつまずいていた。
(くそ、起動したらすぐに使えるんじゃないのかよ。どうすればネットに繋がる?街に近い酒場で誰かに聞いてみるか?)
そんな事を考えながら操作を続ける。今考えている事が実行されないのは誰よりもノクスが分かっていた。自分の様な子供が大金を持って酒場なんかに近付けば必ず襲われる。最悪殺されるかも知れない。
そんな恐ろしい未来に身を震わせる。その時端末から、『ようこそ、新規ユーザー様』と音声がなり画面が先程までとは全く違う物へと変わる。画面には様々な情報が映し出され、目まぐるしく表示が変わっていく。
その様子から恐らくネットに接続された事を確信する。
「やった!」
思わず声を出して喜ぶ。早速稼げる情報を手に入れるべく端末の画面へと意識を集中させていく。
数時間後、ノクスは端末を地面に置いて天を仰いでいた。理由は単純にネットを上手く扱う事が出来なかったからだ。情報が次から次へとあふれ出しどれが有益でどれがいらない物か、判別出来ない彼にはただ見たことが無い映像や文字に頭の奥が焼き焦がされた気分を味わうだけだった。
(話がちがうじゃねぇかよ、あの傭兵。適当な事言いやがって)
ノクスは今回端末を買う切っ掛けになった相手に怒りを募らせる。だが、それは八つ当たりにも程がある。かつての傭兵とノクスでは前提条件がまるで違う。片や仕事を順調にこなしている傭兵、片やスラムでその日暮らしに身を投じている子供。差は歴然である。
それでもノクスは憤慨する心を抑え込めなかった。この掃きだめから脱したい、その思いで大金を払い直した端末が碌に使えないでは困るのだ。端末の修理費用が5万と聞いた時、彼の胸中に浮かんだ思いは驚きと期待。自分が今まで一度も手にしたことが無かった程の大金と、それによってもたらされる未来。驚きよりも期待が上回っていたのは言うまでもない。
しかし、それも今となっては後悔しか残ってない。スラムでクレジットチップを使える場所は少ないが、5万もあれば街でそれなりに過ごすことも出来たのでは無いか?別の道具を買った方が良かったのでは無いか?今更考えても仕方がない考えが頭の中を埋め尽くしていた。
『ん、何だ?また随分と久しぶりにここにたどり着いた奴がいたもんだ。名乗れ、何処のAIだ?サテライトか?それともテスラ?いや、この感じ、旧文明の不良AIか?』
ふと、端末からそんな音声が流れる。それにつられて画面を覗き込むと人が映りこんでいる。電子の構成する空間に浮かぶ様にして存在するそれは男とも女とも取れる中性的な顔つき。首から下には何も身に着けていないがその体も半透明で本来人間に必要な要素の多くが欠落しているシンプルな見た目だった。
「何これ、AIってやつか?お前話せんのか?」
『おい、誰がAIだてめぇ!僕はれっきとした人間だ。まぁ、体はちょっとした都合で無いけどよ。それも一時的にだ!ん、てかこのシグネチャー……お前も人間か?!』
画面いっぱいに映りこむ顔にノクスは思わず後ずさる。それを気にすることなく画面の向こう側の人物は大声で叫ぶ。
『おい、まだ聞こえてんな?絶対接続切るなよ!!ちょっと待ってろ…なんだこれ、どうやってこのサイトに…』
画面の中で悩まし気に頭を抱えている存在をノクスは恐る恐る見てみる。画面にはその人物を囲むように様々な画像や映像、文字の羅列が現れている。それを手に取っては投げ、取っては投げを繰り返す。
(なんなんだよ、どうなってんだ)
先程までの悩みなんて全て吹き飛び、目の前で起こっている未知の存在への疑問で頭が埋め尽くされていく。だが、それに対しての答えを持ち合わせないノクスはただ時が過ぎていくのを待つことしかできなかった。
『……よし、これでいいか。一時的な回線の偽装と端末の記憶領域を乗っ取って、一応レッドゾーンを経由しておくか。よし、これをこうしてこうだ』
端末が一瞬震える。すると、画面の光が強まり先程まで画面の中にいた人物が目の前に現れる。言葉の通り目の前に現れた人物はノクスを見下ろしている。
「う、うわああ!」
ノクスは驚き尻もちをつく。その際に腰に入れていた死体から拾った銃を思い出し、それを手に取ると目の前に現れた相手に銃口を向ける。
それを見た相手は目を丸くして二、三度瞬きをする。そして、耐えられなかったと言わんばかりに笑い出した。
『おいおい、ただのホログラム表示だよ。そう警戒すんなよ、お前に依頼したいだけだ』
「い、依頼?」
『そうだ、依頼だ。出来れば受けてくれ。次の機会なんていつになるか分かったもんじゃない』
そういうとホログラムの存在はノクスを射抜くような目で見つめる。所詮はただの投影された映像。にも関わらず、それはとてつもない迫力があった。目の奥のある意思すら見えてきそうな、そんな力強い視線だった。
『僕の依頼はたった一つ。僕の体を取り戻す手助けをしてくれ。報酬は僕が持っている物全てを差し出そう。富も知識も力も、持てる物全てだ』
その言葉には力があった。それを聞くものに心からの答えを求める響きがあった。そんな雰囲気にあてられたノクスは身の内がぐるぐるとかき混ぜられた様な思いだった。
唐突に言われた依頼にしろ、目の前の存在にしろ、何一つとして今までの人生の経験が答えを出してくれる事は無かった。しかし、どこか確信めいた気持ちが胸の奥で揺れていた。大きな変化、それが栄光への道であるか地獄への穴であるか分からない。だが、これを受け入れれば自身は変わるしかない。
「う、受ける。お前の依頼、この俺、ノクスが受けるよ」
覚悟を決めて宣言する。今の自分と決別するために、より良い明日を生きる為に。そんな気持ちを胸に秘めて目の前の相手を見つめる。
それを聞き届けた半透明の存在は大きく口角を釣り上げた。待ち望んだ時が訪れた、その喜びを誰が見ても分かるように。その内心を喜びで包み隠す様に。
『契約はここに成った。僕はシン。これからよろしくな、相棒』
二人の視線がぶつかり合う。お互いの大いなる目的の為、体の無いネットランナーとスラムの子供は手を取り合った。
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