第2話 『広瀬川の風、君の声』
仙台の夜は、ひんやりとしていて、どこかやさしい。
夏の終わり、駅前から少し外れた定禅寺通りは、けやきの葉が風に揺れていた。
街灯が路面を照らし、ところどころに立つ人影が、まるで心の距離を映しているように見えた。
「……やっぱり、風が冷たくなってきたな」
スーツのポケットに手を突っ込みながら、広瀬通りを歩く。
ふと、街の喧騒から離れたくなって、広瀬川まで足を延ばした。
夜の広瀬川。
橋の上から見下ろすと、黒々とした水面にネオンの光が揺れていた。車の音も遠く、聞こえるのは水の音と、風が草を揺らす音だけ。
この静けさに包まれていると、ようやく自分の心が解けていく気がした。
ポケットからスマホを取り出す。
もうすぐ、茉莉の配信が始まる時間だった。
トリアムを開き、いつものサムネイルをタップする。
一拍置いて、あの声が耳に届いた。
「……こんばんは、みんな。今日もお疲れさま。茉莉です──」
川の音と、茉莉の声が、同じ夜に溶けていく。
「ナギさん、今日も来てくれてありがとう。……ちょっと風、強くない?」
俺がコメントに「広瀬川のそばを歩いてる」と書いたからだ。
即座にそれを拾い、心配そうな声に変わった。
「風邪ひかないようにね。夜の川沿い、きれいだけど冷えるから。……ね?」
その声に、胸の奥がふわっと温かくなった。
──この街の風景を、誰かと共有できる。それだけで、今日は少し特別な夜になる。
かつて誰かと歩いたはずのこの川沿いも、今はもう思い出だけだ。
でも茉莉の声があれば、過去に縛られず、今を感じられる気がする。
「ナギさん、今日、ちょっと声が疲れてる気がするよ。……無理しすぎないで」
彼女は、たぶん誰よりもリスナーを見ている。
そして、誰よりも「覚えている」。
俺のことなんか、ただの一リスナーだと思っていた。
でも、彼女の声には、それ以上の何かがある気がしてならなかった。
画面越しの彼女に、ふと、問いかけたくなる。
──もしも俺が、現実の街角で君に会ったとして。
そのとき、君は俺のことを「ナギさん」って、呼んでくれるんだろうか。
答えはわからない。
でも、広瀬川の風がそっと吹き抜けていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます